BICULTURAL SOULS
#15 | Feb 26, 2019

将棋界史上初の外国人プロとなったポーランド人女流棋士。初心を忘れなかったからこそ開くことができた新境地

Interview & Text: Minori Yoshikawa / Photo: Atsuko Tanaka

様々な分野で活躍する日本在住の外国人の方々をインタビューし、日本と祖国の文化の違いなどをお話し頂くコーナー“BICULTURAL SOULS”。第15回目のゲストは、ポーランド出身で、日本将棋連盟所属の女流棋士、カロリーナ・ステチェンスカ(Karolina Styczyńska)さん。16歳の時、大好きだった日本の漫画「NARUTO-ナルト-」で、奈良シカマルが将棋を指しているのを見て将棋に興味を持ち、調べていくうちに魔法にかかったようにその世界にのめり込んでいった。2011年、インターネット将棋道場で対戦した北尾まどか女流棋士に才能を見抜かれ、日本に招待されたことをきっかけにプロの道を意識し始める。2013年、大学卒業を目途に来日し、山梨学院大学に在籍する傍ら東京の研修会に通い、プロを目指す。2017年2月20日、女流2級へと昇給を果たし、外国人として日本将棋連盟初の女流棋士となった。今では世界中の将棋ファンにパイオニアとして崇められるカロリーナさんに、幼少期の頃や、将棋との出逢いから成功への道のり、そしてプロとしての使命などを聞いた。
PROFILE

女流棋士カロリーナ・ステチェンスカ/Karolina Styczyńska

1991年、ポーランドのワルシャワ生まれ。高校生の時に、漫画『NARUTO -ナルト-』で忍者が将棋を指している場面を読んで、将棋に興味を持つ。将棋のルールと指し方はインターネットで知り、ネット対戦で腕を磨いた。大学の時に北尾まどか女流棋士からの招待で初来日。その後も大学に通いながら、何度か来日を繰り返し、2013年に日本に移住を決意。2015年10月に片上大輔六段門下で女流3級となり、17年2月に2級、同年の4月に1級に昇格した。現在は、プロを目指して海外から来る棋士たちの世話なども務め、日本の将棋の魅力を伝えることにも尽力している。

カロリーナ・ステチェンスカ

ポーランドのワルシャワ出身だそうですが、印象に残ってる街の情景や思い出はありますか?また、小さい頃はどんなことに興味を持っていましたか?

両親と双子の妹とアパートで暮らしていて、とってもシャイで真面目な子でした。そのアパートの敷地内にあった公園で、近所の子供たちとみんなで世界を救う旅に出る冒険をしたり、外で遊ぶのが大好きでしたね。家ではゲームボーイでポケモンゲームをしたり、レゴで遊んだりするのが好きで、インターネットゲームが出てきた頃から家にこもるようになりました。ちょうどその頃、ハリーポッターの本も出始めたので、さらに後押しされるような形になって。もう少し大きくなってからは日本の漫画にハマりましたね。

小さい頃

ご両親はどんな方で、どんな育てられ方をしましたか。

あまり厳しい両親ではなかったです。母はとても優しい人で、いつも親身になって私たち姉妹のことを思ってくれていました。父は自分で買ってきたペットのチンチラを溺愛するような、すごくかわいいお父さんです。とても面白くてフレンドリーで、知らない人に気軽に話しかけてすぐ友達になってしまうのにはいつも驚きます。あと、両親ともコンピューター関係の仕事をしていたので、私は小さい頃からウェブデザインのhtmlの本を与えられて読んでたんです。のちに大学でITを勉強することになったのは、その頃からの自然の流れですね。

16歳の時に、漫画「NARUTO-ナルト-」で登場人物が将棋を指しているのを見て興味を持ったそうですが、どんなところに惹かれたのですか?

ポーランド語で、将棋が“Japanese chess(日本のチェス)”と訳されていて、更に注意書きで「※チェスと同じゲームです」と書いてあったんですけど、見るからにチェスとは違ったからとても信じられなくて。そもそも日本は天皇主権国家だから女王は存在しないし、クイーンが存在するチェスと将棋が同じはずはないと思ったんです。あと、チェスでは取った相手の駒を自分の駒として使うことはできないのに、NARUTOの中では使えていたので、やっぱり違うと思いました。それで、インターネットで将棋のことを調べているうちに、どっぷり将棋の世界に魅了されてしまいました。

そもそも、そこに疑問に感じて興味を持つこと自体すごいですよね。なんでそんなに将棋に魅了されたのでしょう?

それは私もわからないですね。偶然というか、運命というか。もしかしたら、前世で将棋をやってたのかもしれない。もともとボードゲームが好きだったので、自然と興味に繋がったのはあるけど、もうそこから将棋をする運命は決まっていたのかもしれないです。

それから毎日将棋の勉強をする生活が始まったそうですね。

はい、学校から帰ってきてから寝るまで将棋漬けの毎日でした。それだけでは足りずに、学校にも将棋セットを持って行って勉強してました。それほど没頭してましたね。

将棋が全く知られていなかったポーランドでどのように、そしてどのような気持ちで勉強されてたんですか?

まずはネットで隅から隅まで情報をあさって知識を身につけました。そのあと、将棋に興味を持つポーランド人を探して友達になり、将棋ミーティングを開いて練習していました。当時ポーランドで将棋をしてたのは多分私たちの仲間だけでしたね。彼らとネット上でフォーラムを立ち上げて、将棋好きの人たちと情報収集や情報交換をするようになりました。そこから、海外の将棋仲間とも知り合い、それまで手に入らなかった本を貸してもらったり、色々教えてもらったりできるようになりましたが、将棋のことを知るのは楽しかったので勉強と思ってなかったです。ただただ強くなりたい一心でした。

将棋を始めた頃(写真左)

インターネットの将棋道場で北尾まどか女流棋士と対戦して、北尾氏がカロリーナさんの強さに驚かされたそうですね。

棋士が実際に指して教えてくれるインターネット上での指導イベントがあって、その時に北尾先生と指して、通訳者を通じて話をしました。将棋が大好きで、将棋のプロを目指したいと考えていることを伝えました。そうしたら、その時もうすでに私の将来性を見据えてくださっていて、日本に招待してくれたんです。それには本当にびっくりしたし、うれしかったです。でも急な展開だったので、戸惑いもありましたね。ちょうど東日本大震災の直後だったので不安もあったし、まだその時19歳で、ポーランドを出て遠い海外に一人で行ったこともなかったので。あと、北尾先生は日本では有名な棋士とはいえ、全く見ず知らずの方で、存在を知ったのもまさにその指導イベントの時だったんです。お家にホームステイさせていただくことになってましたけど、全て信じて飛び出していくには相当な勇気がいりましたね。

将棋留学とは初めて聞いたのですが、前代未聞だったんじゃないですか?

将棋留学をしたのは私が最初だったかもしれないですね。もう2、30年ほど前で、日本に住んだことがあるかどうかは定かではないですが、私の前に一人、外国人でプロを目指してた方がいたようですけど。当時、私は日本語が全然話せなかったので、コミュニケーションを取るのは難しかったですね。だからひたすら将棋を指してました。

その時のことで心に残っている思い出はありますか?

将棋道場に初めて行った時の感動はとても印象に残ってます。その時は将棋道場が存在することさえ知らなかったので、本当に感動しました。あと、日曜日にたまたまテレビを付けたらNHKで将棋番組が放送されて、「テレビで将棋がやってる!!嘘でしょ!?」ってすごくびっくりしました。それから、その当時名人だった森内俊之先生に会えたときも、「本物の森内先生だ!」と本当に感動しましたね。一緒に写真も撮れて、将棋の相手までしてくださって、感激でした。日本の将棋を直に見ることができ、名人に実際に会ってお話ししたりして、人生で一番ワクワクした時でしたね。

北尾まどか女流棋士と

それまで憧れだった日本に初めて来たときの印象はどうでしたか?

日本人の顔はみんな同じに見えました(笑)。あと、駅や電車がすごく現代的なのにはびっくりしましたね。ポーランドでは、切符を入れてガシャガシャって自分で開けて入っていく原始的なスタイルだけど、日本ではピッてスムーズに入れるし、電車も時間通りに来ますしね。ポーランドは今でこそ線路が二つあるけど、その頃は一つしかなかったのに対して、東京はいくつもの線路が蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、びっくりしました。人の多さも信じられなかったし、ラッシュアワーも見て驚きました。

毎日どんな風にして過ごしていたんですか?

この時は観光もせず、ただ毎日将棋道場に来て、将棋ばかりしてました。それが本当に楽しかった。電車の中でも詰将棋してましたね。でもよく知ってみると、日本も意外と普通の国なんですよね。実際に住むようになって何年か経ってそれがわかりました。みんな同じ人間なんだなと。

カルチャーショックや、興味深かったことはありますか?

たこ焼きにはショックを受けましたね。タコが入っていると言われてたけど、私は海のない国で育ってるので、まさかあのタコが食べ物に入っているとは思わなかったんです(笑)。あと、日本人の喧嘩の仕方はポーランド人と違うので、カルチャーショックでしたね。ポーランド人は何か嫌なことがあったらすぐ口に出して言うんです。でも日本人は消極的に攻撃的ですよね。見るからに何か気に障って怒ってる様子なのに何も言わないじゃないですか。はっきり言ってくれたらいいのにと思います。あと、LINEで絵文字を付けないでメッセージを送ったら、「怒ってるの?」と聞かれたときもびっくりしましたね。それから毎回気をつけて絵文字を付けるようにしてますよ(笑)。

日本語がとてもお上手ですが、どうやって勉強したのですか?

まずはポーランドで、将棋仲間の奥さんが日本人だったので、その人から少し教わりました。そして日本に来て、大学で少しずつ身に着けていきましたが、授業は全部日本語だったのでついていくのが大変でした。最初の半年から1年くらいは苦労しましたね。

大学と大学院では何を専攻されたんですか?

大学では経営情報を勉強しました。ポーランドの大学をIT専攻で卒業して、その単位を持って編入できたので2年で卒業しました。そのあと大学院で、社会科学を専攻しました。

ちなみに、ポーランドではどんな教育を受けたのですか?

中学までは普通の学校で、高校はITや数学、物理学などを専門に勉強するクラスに入って、IT業界を目指していました。そのあと大学で3年間ITの勉強をしました。

ITと将棋は繋がるところがあるんですか?

あります。IT専門の人はゲームに強いですよね。将棋の目的は王将を取ることで、どうやってそれを取るか戦法を考えますが、ITでも何か問題があるとき、その問題を解くのにアルゴリズムを考えます。その「戦略」を考え出すやり方がとても似てるんです。

他の棋士の方達にはITのバックグラウンドや知識を持ってる方はいないですよね。それはカロリーナさんの強みになっていると思いますか?

私がITを勉強してきたことは、もちろん将棋をする上で役に立っていると思います。あと、違う文化で育っているので、他の棋士とは少し違う考え方をする傾向があるんですよね。日本の棋士たちはみんな5歳とか小さい頃から将棋を始めているし、私と歩んできた道は違うけど、どちらもぞれぞれの過程でそれぞれの戦法を身に着けてきたんじゃないかなと思います。私が将棋を始めたのは16歳と遅かったですけど、自分がどんな風に力を延ばしていったかなどを思い出して、冷静に客観視できているので、そういうところは少し強みになっているかもしれないです。

日本で将棋留学をしてポーランドに帰ってから、どのような経緯でまた日本に戻り、プロを目指すことになったのか教えてください。

2011年にポーランドに戻り、その2年後に日本に戻ることになったのですが、それまでの間も、ポーランドで大学に通いながら何回も日本と行ったり来たりしていました。同時期に、2011年から「リコー杯女流王座戦」が始まり、毎年一人外国からゲスト選手が招かれることになっていて、第一回リコー杯では中国人の小学生棋士が招待されました。第二回リコー杯の前に、私はアマ四段を貰っていたので招待してもらえるかもしれないと思って、そのために毎日棋譜並べをしたり、対局をして準備していたんです。そして本当に招待されることになって、日本で棋士と実際に対局して勝ったことが自信に繋がりました。その時の記者会見で、プロを目指すことを公言し、翌年のリコー杯に誘われたときに、研修会の試験を受けて受かったので、まずはポーランドに帰って大学を卒業してから、2013年に日本に戻りました。

リコー杯にて

2015年に女流棋士になるまでの4年間の中で、大変だったことや苦労したことを教えてください。

日本語の勉強も大変だったし、大学の勉強をしながら、将棋の研修会に山梨から東京に通うのも大変でしたね。日本語が喋れないというだけで友達を作るのは大変なのに、研修会に来てるのはみんな小学生でしたしね(笑) 。あと正座も辛かったです。それと食べ物でもいろいろ苦労はありました。初めてコンビニで「お弁当温めますか?」って聞かれたときはびっくりしました。お店に電子レンジが置いてあるなんて想像もつかなかったので、何を聞かれてるのか理解するまで時間がかかりましたよ(笑)。

将棋史上初の外国人女流棋士となった時の気持ちはどうでしたか?

外国人として、この業界での第一人者となれたということで、とても嬉しくてワクワクしました。その反面、役割もたくさん背負うことになったので大変なこともありますけどね。今はプロを目指して外国からやってくる棋士たちへの説明やお世話などは全部やらせてもらってます。英語を使って日本の将棋の魅力や将棋界の仕組みを紹介したりできるのはとても楽しいです。

女流棋士になってから2年間の間に、女流3級から2級に昇格しなくてはそれが無効になってしまうそうですが、カロリーナさんは1年4ヵ月でそれを果たされましたよね。それは相当たるプレッシャーだったと思うのですが、どのように乗り越えましたか?

史上初外国人女流棋士として注目されていたデビュー戦で負けてしまって、それからも負け続きで、最初の一年はひどかったんです。後から振り返ってみたら、強い相手ばかりに当たってしまっていたからしょうがなかったのですが、その時はそのことを知らなかったので、ひどく落ち込みました。でもクリスマスにポーランドに帰って、家族と共に過ごして心身ともに癒され、初心に戻ることができたんですね。そして、かつて将棋を学んでいた将棋ミーティングに今度は自分が教える立場として行って、なぜ将棋を始めて、なぜプロになることに決めたかなどを思い出すことができました。そして日本に戻って、立て続けに3連勝しました。

長時間の戦いをする上で、壮大な集中力と精神力が必要とされると思うのですが、どのように持続させていますか?そして、集中力を高めるために日頃心がけていることはありますか?

長年大学に通ってレクチャーを受けたりすることで養われた集中力は、今になって役に立っていると思いますし、毎日練習することで少しずつ良くなっていってますね。あとは、バランスのとれた食事を摂って、疲れを溜めないように十分な睡眠をとったり、風邪をひかないように予防したり、対局の前には生ものを食べないようにもしてます。アスリートと一緒で、そういう当たり前のことが一番大事ですね。

それでは、ポーランド人の国民性を教えてください。

日本ではあまりいいとされてないことですけど、ポーランド人は思ってることをはっきり口に出して言いますし、正直に意見の交換をすることでコミュニケーションをとったり、気持ちを楽にさせたりしますね。比較的明るい人が多いです。あとは、「歴史を忘れれば、同じ歴史が繰り返される」という格言があるように、歴史をとても大事にしています。歴史を語り継ぐことで、戦争など同じ間違いを繰り返さないように継承し、国、文化に誇りを持つことを大切にしていますね。

日本語で好きな言葉は何ですか?

「初心」です。色紙にサインを描くときには、いつも初心のハンコを押してます。そのおかげでここまで来れたので、忘れないようにという意味でも。

ポーランド語で好きな言葉はありますか?

「Kto pyta, nie błądzi」(クト・ピタ・ニエ・ブォンジ、「質問を聞く人は、迷うことはない」)。自分一人で迷うよりも、誰かからアドバイスをもらうか、他の人の経験から学びましょう、という意味です。普通に便利な言葉でよく使います。

日本の良いところと変化が必要だと思うところは?

良いところは、やっぱり安全で住みやすいところですね。夜道を平気で歩けるし、便利でとにかくきれいですし。外でお酒を飲んで暴れてる人もいないし、犯罪も少ないです。日本人はそれに慣れてるから、特別なことだと思わない人も多いかもしれないですけどね。変化が必要だと思うところは、外国人にまだ慣れてないところかな。でもオリンピックが決まってから急激に変化してますよね。そうやって、必要に応じて敏速な対応ができるのはすごいことだと思います。

世界で変化が必要なことは何だと思いますか?

戦争がなくなって平和になって欲しいです。他にも地球温暖化の問題とかいろいろあるけど、最近ワクチンが良くないという人がいると聞いて、恐ろしいと思いました。そこまで科学を信用できなくなっちゃうと困りますよね。ワクチンを打つことは自分だけでなく、社会を守ることですから。

大事にしているポーランドの文化はありますか。

クリスマスには必ずポーランドに帰って、家族と食事をしたり団欒することは絶対に欠かしてないです。日常的なことでは、朝ごはんは絶対パン。朝からご飯はどうしても無理です(笑)。

双子の妹と

カロリーナさんにとっての将棋の魅力とはなんですか?

取った相手の駒を使えるような、他のゲームにはない独特なルールがあるところや、矢倉囲い、美濃囲いなどの将棋の形が美しいところが魅力です。あとは、ゲームのダイナミックさや面白さと、着物を着て正座して行うなど日本の文化を継承する美しさがあるところもいいですね。

今後はどのようにして将棋を世界に広めていきたいですか?

まだ将棋のことを知らない人が多いので、まずはこういうゲームがあることを伝えたいです。そして、やっぱり漢字を覚えないと将棋の醍醐味を掴めないので、漢字の魅力も伝えていきたい。一人ではできないのでいろんな人と協力して、やっていきたいですね。

最後に、カロリーナさんにとって成功とは?

種類や大きさに関わらず、どんな目標でも達成できたらそれは成功です。例えば、昨日は朝起きれなかったけど、今日は頑張って7時に起きれたとしたら、小さいけどそれは成功ですよね。また、私が将棋のプロになりたくて、何年越しかでやっとなれたとういうような大きな成功もありますね。このような大きな成功は、なかなか達成することができなくて苦労するし、挫折もしますけど、ちょっと立ち止まってよく観察してみると、人生には小さな成功がたくさん散らばめられているんです。大事なのは成功そのものではなく、そこへ達するための道のりだと思います。

Karolina Styczyńska official info