ON COME UP
#35 | Apr 10, 2018

アフリカの少数民族に魅せられたフォトグラファー。彼らを撮り続ける理由と、アフリカに行って悟った生きることの意味とは

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Flower: Mami Yamamoto / Make-up: Kaori Kitada / Hair: Hiroki Kitada / Retouch: Koto Nagai

未来に向かって躍動する人たちをインタビューする“ON COME UP”。第36回目のゲストは、フォトグラファーのヨシダナギさん。5歳の時、テレビで見たマサイ族の姿に心奪われ、「いつかマサイ族になる」と夢を見続けていたヨシダさんは、現在頻繁にアフリカに行き、マサイ族をはじめとする少数民族を撮り続けています。写真展やメディアでの華々しい活躍から、やりたいことをすんなり仕事にしているように見えますが、ここに至るまでには決して順風満帆でない道がありました。もともとおとなしい性格だった彼女は、中学でいじめを経験して不登校になり、ネットで知り合った人が制作したヨシダさんのホームページをきっかけにグラビアアイドルとしてデビューします。その後は20歳でイラストレーターに転身し、23歳でようやく長年の夢だったアフリカの地に降り立ちました。現在フォトグラファーとして活躍するヨシダさんの根底にあるのは、揺るぎないアフリカ人への敬意と憧れ、そして深い愛。アフリカへ行く理由や、今までの衝撃体験、アフリカの少数民族から学んだ多くのことをたっぷり聞かせていただきました。
PROFILE

フォトグラファーヨシダナギ

1986 年生まれ フォトグラファー。独学で写真を学び、2009年より単身アフリカへ。 以来、アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。唯一無二の色彩と直感的な生き方が評価され、 2017年には日経ビジネス誌で「次代を創る100人」、雑誌PEN「Penクリエイター・アワード 2017」に選出される。また同年には、講談社出版文化賞 写真賞を受賞。 近著には、写真集『SURI COLLECTION』(いろは出版)、紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)、エッセイ「ヨシダナギの拾われる力」(CCCメディアハウス)、BEST作品集「HEROES」(ライツ社)がある。

ヨシダナギ

小さい頃はどのような子供でしたか?

親が困ってしまうほど、おとなしくて感情表現ができない子供でした。絵を描くこととおままごとが異様に好きで、もともとひとりで遊ぶことが全然平気だったので、人生ゲームもひとりでやっていましたね(笑)。門限は5時で、言葉遣いなどの躾は厳しかったんですけど、母にはわりと大雑把に育てられたと思います。

子供の頃、家族と

5歳の頃にテレビで見たマサイ族にとても惹かれたそうですが、当時のことを覚えていますか?

細身で青いマントをして、槍を持って跳ねていたのを覚えています。肌が黒く、白い歯をむき出しにしたアフリカ人のフォルムそのものが好きで、男の子たちが仮面ライダーに憧れるのと同じ感覚でマサイ族を見ていました。「かっこいい。あれになりたい!」って思って、私自身の見た目も徐々にああなっていくものだと思っていたんです。当時はマサイ族の姿で、ケーキ屋さんかお花屋さんをやるのが夢でしたね。でも10歳の時、母に「あなたはマサイ族にはなれないのよ」って言われてかなり落ち込みました。「だったら本物に会いに行こう」って思ったのですが、遠いしお金がかかるのですぐには行けず。それからもアフリカのことが好きで、テレビでアフリカが映るたびに行きたいと思っていました。

学生時代はどのように過ごされたのですか。

転校した先でいじめにあって引きこもりになったので、学歴自体は中学2年生で止まっていて高校は行ってないんです。自宅でネットをしていたら、掲示板を通して知った出版社の方とメール交換するようになり、その方が私のホームページを作ってくれました。私が物語のストーリーみたいなのを書いて、読者が2択を選びながらその物語を進めていくようなサイトだったのですが、自分の顔写真をトップページにしていたら、ネットアイドルランキングで1位になったんです。当時はネットアイドルの全盛の時代で、すぐに芸能界の事務所にスカウトされて14歳でグラビアアイドルになってしまいました。

向いてないって言ったら失礼ですけど、グラビアとは特殊な世界ですよね。

そうですね。勉強ができないから人と違うことをやりなさいと親に言われていたので、じゃあやってみようと挑戦したものの、大人の汚い世界だったし、人を蹴落としてまで前に出たいというタイプでもなかったので向いていなかったです。それに、2ちゃんねるでブサイクだって叩かれて、そこで初めて知らない人に中傷されることを経験して。やめたくても結局親も事務所も説得できなくて、ずっとだらだらと20歳くらいまでやっていました。

グラビアをやめようと思ったきっかけは?

ちょうど20歳の頃、グラビアが過激になった時代があったんですね。当時色々気にかけてくれていたカメラマンさんに相談したら、撮影の待ち時間に私が絵を描いていたのを見ていて、「絵が上手なんだからイラストレーターになったら」と言われて。それまで好きなことは仕事にしたくないと思っていたんですけど、グラビアやめたさにイラストレーターになったんです。

イラストレーター時代に描いた絵

では、まずグラビアの世界から脱出する方法としてイラストレーターになったのですね。初めてアフリカに行ったのは23歳だそうですが、それまではイラストレーターを続けていたのですか?

はい。でもイラストレーターになってすぐにスランプに陥ったんです。グラビアをやめたいという一心でイラストレーターという職業に切り替えたので、ゼロから何かを生み出すことができなくなってしまって。どこかに行ったら自分が変わるかなと思って考えたとき、ふとアフリカかもしれないと思って、踏み切ってエジプトとエチオピアに向かいました。23歳の頃です。

初めて行った念願のアフリカはどうでしたか?

1ヶ月くらいの滞在だったので世界観が変わることはなかったんですけど、“ブラックアフリカ”と呼ばれるエチオピアに行った時、なぜか懐かしく感じました。全く知らない国で、英語もアムハラ語という公用語も分からないはずなのに不安じゃなかった。なんか不愉快じゃないというか、居心地が悪くなかったんです。周りにいる人たちみんながかっこよくて、ガイドさんもドライバーさんもみんな優しいし、一人でも全然寂しくないし、アフリカに来て良かったなって思いました。一人じゃ何もできないって親にも刷り込まれていた自分が、英語もできないのにアフリカに行けたって自信にもなって。それからも仕事してお金を貯めたらまたアフリカに行くことを繰り返していました。

その頃はまだフォトグラファーではなかったわけですが、なぜ彼らを写真に収めようと思ったのですか?

幼少の頃からアフリカ人のことをかっこいいと感じていて、それを周りの人に否定されると、「絶対にかっこいいのになんでそういうことを言うんだろう」って悔しく思っていました。だから私が実際に彼らを写真に撮って、みんなに「かっこいい」って言ってもらいたいと思って。写真はそういう自己満足から始めたんです。

アマゾンのエナウェネ・ナウェ族

写真が仕事につながっていったのはいつ頃ですか?

フォトグラファーに転向したと思ったのは、2015年に「クレイジージャーニー」というテレビ番組に出た時。私の紹介テロップが“フォトグラファー・ヨシダナギ”ってなっているのを見て、「私、フォトグラファーって言って良いのかな」って。

写真は独学ですか?どういう感じで写真に触れていったのですか?

一番最初はコンパクトデジタルカメラで飼っていた犬を撮っていたんですけど、イラストレーターの道を勧めてくれたカメラマンに見せたら、「構図が上手だね。今は一眼レフも安いし、誰でも簡単にプロみたいに撮れるから買ってみれば」と言われて、一番カジュアルな素人用のものを買って、旅行に行く時だけ現地で撮ることを繰り返すようになりました。カメラの使い方は全然わからなかったですし、ここ最近ピントの合わせ方とか数値の意味を理解してきたところで、今もまだ模索中です。

影響を受けたフォトグラファーなどはいますか?

ジミー・ネルソン。彼の「BEFORE THEY PASS AWAY」という本に出会ったから私の今の作風があるんです。それまでは、アフリカ人や少数民族についてを記録するって、ドキュメンタリー写真を撮らなきゃって思っていたんですけど、それだとアフリカに興味がない人には届かないんですよ。「どうしたら私が小さい時に憧れていたヒーローたちの姿を伝えられるんだろう」って考えていたとき、彼の作品に出会ったんです。彼の作り込んだ写真は素敵なだけじゃなくて、学術的でもあるんですね。でも私は彼より色彩感覚が派手だし、被写体との距離をもっと近づけられると思ったので、そこを生かして差別化してみようとトライしたら、エチオピアのダサネチ族の写真がネットで広がりました。

彼の作品を見たことによって、何が一番大きく変わったんですか?

構図です。それまでは被写体の一人に寄ってフォーカスして、目を中心に撮っていたんですけど、全身にして全員を並べて撮るようにしました。

世間やメディアが騒ぎ出したのはいつ頃ですか?

ネットに投稿していた写真が大きなメディアに取り上げられてからですが、やはり「クレイジージャーニー」の反響が凄かったです。問い合わせが突然増えて、取材依頼や仕事が舞い込んできて、一瞬で終わると思ったのに今3年目に入ったのですごいなって思っています。最初はイロモノ的な、面白いやつが出てきたから取り上げようって感じだったと思うし、私が民族と同じ格好になることってキャッチーだし、それがあったから取り上げられたとは思うんですけど、やっぱりそこへのフォーカスが大きすぎて本質と違うところにいると思うことは多々ありました。今はそうじゃない部分を見てくれる人が結構増えて、嫌なことがあってもアフリカ人のためだって思ったら我慢できますね。

アフリカに行かれてから日本が違った視点で見えてくると思うんですが、一番強く感じた違いはなんですか?

日本人は先のことを考えすぎて結局ことを起こさないんだなって思いました。全てに言い訳をして、よくわからない先のことを考えすぎて苦しくなって不幸になってるって、アフリカ人に会ってから思うようになりました。彼らは凄くシンプルで、将来の夢を聞いても質問の意味すら理解できず、明日明後日の返事が返ってくるんですよ。「明日はお父さんと同じように牛を追いかけるよ」って、お父さんと同じように生きて死んでいくっていう感覚なんです。幸せっていう単語もわからないし、人が死ぬこと以外は悲しくない。常にいつも一定のペースで幸せに生きているんです。

エチオピアのアファール族と

日本は保険に入って将来を考え、退職金や貯蓄を計算して、将来のために今を我慢しながら人生を進めますもんね。

そうなんです。アフリカ人に先のことを考えて心配してるって言ったら、「今日の夜お腹いっぱい食べられてみんなで眠れたらそれだけで幸せじゃない。先のことがどうなるかなんて誰もわからないのに、どうして悲しい顔をしてるの?今が幸せじゃないならこの先も幸せじゃないよ」って言われて。本当にそうだなって思いました。

逆に日本と少数民族が同じだと思ったことはありますか?

今、同じ時代を生きてるってことくらいかな(笑)。本当に違いますね。

昔憧れていたアフリカと、色々知ってからの今のアフリカへの想いは変わりました?

はい、昔みたいにキラキラはしていない(笑)。でも前よりは好きです。なんか、腐れ縁じゃないですけど、すごくダメなんだけどかわいらしいし、いいところも知ってるのでほっとけない感じで、裏切られても憎めない。一定の諦めと距離感があるし、そういう意味でアフリカをちゃんと好きになれたかなって思いますね。

ところで少数民族ってネットは使わないんですか?

民族によって違うし、差が激しいです。白人が入りにくいエリアだと携帯の電波が入らないんですけど、彼らはむしろ好んでそういうところに住んでいます。治安が悪いところほど電波が入らないですね。

彼らは日本人の存在を知ってるんですか?もし知っていたら日本人のことをどう思ってるんですか?

タンザニアのマサイ族は、違いまではわからないと思うけど日本人と中国人が存在するってことはわかっています。でも携帯を持っていない民族は私のことをアメリカ人だと思ってる。「なんで最近来なかったの?」って聞かれたから「日本は遠いんだよ」って言ったら「歩いて何時間かかるの?」って。「うーん、歩いては行けないよ。飛行機でね」って言うと、「あ、たまに空飛んでるでっかい鳥みたいなやつか!」って言う人たちもいるんです。貨幣経済が成り立ってないところもあるし、お金があっても使い道がない生活をしてます。

他にも印象に残っている出来事や、衝撃だった少数民族はいますか?

衝撃的だったのはスリ族です。 20歳くらいの子に「年齢いくつ?」と聞いたら「3歳」って返ってきたんですよ。大体の少数民族は、カレンダーや携帯がないから時間の刻み方に若干のズレはあるので、年齢を聞くと前後2~3歳で答えが返ってくるんですけど、スリ族の16歳くらいの子からもやっぱり「2歳」と返ってきたんですよ。みんなそういう感じなんです。私がちょうど3日後に29歳になるときだったので彼らにそのことを言ったらザワついた(笑)。私たちよりも時の流れがすごくゆっくりな中で生きているんだなっていう衝撃を受けました。

少数民族の方々に会って、ご自身は一番何を得たと思いますか?

考えすぎないことかな。21歳くらいまでは、生きることはすごく苦しくて大変で、人生なんて早く終わっちゃえば良いのにってずっと思っていたんですけど、 彼らと出会って、“生きる”ってもっと楽で良いんだなって思えるようになりました。人にそんなに大きな迷惑をかけなければ、自分の人生なんだから好き勝手に生きて良いんだなと。嫌なことがあったらその時にどうするか考えればいいし、今を楽しくしていれば、そんなに嫌なことって起きないのかなって、彼らを見ていてそう思う。生きることが本当に楽になりました。

エチオピアのスリ族と

行く場所には必然があるのかもしれないですね。では、今までやりたかったことを達成したと感じた瞬間はありますか?

性格の問題なのですが、やりたかったことは多分全部やってきて達成しています。全てに白黒をハッキリつけてきてあいまいにしているものがないんですよ。できなかったらどうしようというのがまずないし、やってみてダメだったら別にいいやっていう感じなので、小さいゴールをたくさんしています。

今の仕事のどんなところに喜びを感じますか?

喜びを感じるポイントは2つあります。1つは、アフリカ人は凄く遠いところにいる遠い存在の人たちなので、普段興味を持つことは少ないけど、私の写真を見て、「アフリカってこんなにかっこいい人がいたんですね」って言ってくれたり、「彼らの生命力がすごい」と涙を流してくれる人がいたりして、少数民族というものに興味をもってくれること自体が嬉しいです。あと何よりも嬉しいのは、私のこの活動を外国人がfacebookとかでシェアしてくれたことによって、アフリカ人達から「お前の活動はメチャメチャクールだよ」と連絡が来たり、私が行ったこともない国のアフリカ人から「アフリカのことを紹介してくれてありがとう」ってメッセージを受け取ったりした時です。言葉は一緒じゃなくても私の想いは伝わっているんだな、やってて良かったなと思います。

ナミビアのヒンバ族

ヨシダさんが撮った作品を被写体になった少数民族に見せたことはありますか?

彼ら自身が自分達のことをかっこいいと思ってないと、その少数民族の文化はどんどん失われてしまうから、私はできるだけ見せたいと思っています。“裸族がいるから自分たちの国は発展しない”という変な考え方をしている一部の国があって、「こういう写真を私は撮りたいんだ」ってある民族に裸族の写真を見せたら、「だからこの国は貧乏なんだよ」って裸族のことを腹抱えて笑ったんですよ。

民族によってはそんな風に考える人たちがいるんですね。

そういうことがあると、裸族が自分たちの文化が恥ずかしいと思って、変にブラジャーをつけたりして中途半端な感じになってしまう。それが近代化と共に変化するならまだしも、羞恥心がそうさせているのであれば、私は違う気がするので、「君たちはこんなにかっこいいんだぜ!」って伝えることで彼らが自分たちの良さを再認識できたら、その文化はずっと綺麗なまま受け継がれていくと思うんです。誰かが変な茶々を入れたり、間違ったことを言ったりすると、話したくない文化になっちゃうじゃないですか。なので、「本当に君たちはかっこいいって、日本でも他の国でも言われてるんだよ」って、できるだけお礼を兼ねて写真を渡しに行きます。

ヨシダさんご自身が裸になって少数民族の中に入って撮影することもあるそうですが、同じ格好になるのは相手が女性の時だけですか?

撮影をする際に本人達の許可が絶対に必要な場合は、同じ格好になることで時間短縮で敬意を示せるんです。男の人は正直、どの民族でもなんとかうまく交渉できるんですよ。でも女性は万国共通で難しくて、心底気に入られないと協力してもらえない。彼女たちは私のことを白人だと思っていて、白人は自分たちのことを蔑んでいると思い込んでいるんです。そうじゃないっていうのを態度で示さなきゃって思って脱いだら、すごくその心意気を買ってくれたというか。

ナミビアのヒンバ族の女性たちが笑わないから、彼女たちの中に同じ格好で入ったら、みんな笑うし、凄く表情豊かになったという話が著書にありましたが、彼らも人からの評価に対して壁を作っているから笑わなかったのですか?

あの人たちの文化は特殊で、女性が我慢しなければならない文化があるから、そういう長年の慣習が自然と笑えなくしているんです。あまり感情表現が素直にできないっていうのが一番の理由ですね。

ヨシダさんにとって理想の女性像はありますか?

お母さん。アフリカの女性って強いんですよ。少数民族は、立場的には男性が強いケースが多いんですけど、それを支えているのは結局女性だし、子供が頼るのも、何かあったときに精神的に支えてくれるのも、やっぱりお母さんなんだなって思うと、そういう強いお母さんになりたいなって思います。落ち込んでいる人に、私がいるだけでもう一度立ち上がれると思ってもらえるような存在になりたいです。

ヨシダさんの作品のスタイルをご自身の言葉で表すと?

戦隊もの。

ご自身で気づいている足りないところは?

適応力。アフリカでは問題ないのに、日本だとコミュニケーション能力とか適応力が凄く欠けているなって思います。普通の世間話で同調できないというか、気の利いたことを言えないし、すぐに顔が無になっちゃうんです。

社会で起こっていることで気になっていることは?

全くないかもしれないですね。物事にあんまり興味がないんですよね。よくも悪くも無関心というか。

ご自身のやっていることで、日本や世界を変えられるとしたらどんなところだと思いますか?

多様性を認めるという認識が少しでも広まればいいなと思います。みんな多様性と言うわりに、違うことに対して差別だとか、ちょっとしたことに差別意識を持つのはおかしい気がして。なんで差別じゃなくて認めるとか受け入れるという言葉にならないのかなと。もっとみんなが全てにおいてちゃんと考えて、ポジティブに認めたり受け入れたりするようになったらいいのにって思います。

今からヨシダさんのようにアフリカに行きたいと思っているのに、悩んで一歩踏み出せない人がいたら、なんて声をかけますか?

行ってみれば?

ヨシダさんにとって、成功とは何ですか?

なんだろう。わかんない。私は成功していると自分で思わないし、何を成功って思うかだと思うんですけど、大きいゴールを作らなければ、生きているだけで成功だと思う。そんな難しいことを考えたことないです。

3年後、5年後、10年後のヨシダさんはどうなっていると思いますか?

考えたことない(笑)。考えてもわからないし。でも何年後かはわからないですけど、フォトグラファーという仕事は性格的に多分ずっとは続けていないだろうなとは思います。なんか違うことをしていそうな気がする。

なぜそう思うんですか?

この仕事はアフリカ人からもらったと思っているので、今はやれるところまでやろうと思っているんですけど、正直私がメディアに出ているのは一時の流行りだと思うんですよね。キャッチ―でたまたま時代にマッチしたというだけで絶対に長くは続かないし、フォトグラファーというのは後からついた肩書きなので、むしろ肩書きがないほうが気楽なんです。「やめていいよ」って言われたらすぐにやめて、また昔みたいに自由にアフリカに行っている方がいいなって思う。それに、私はあまりひとつのことを長く続けられないんです。

自由に、でもアフリカには行き続けたいんですね。

フォトグラファーという肩書きがなくなっても何も変わらない。私は昔に戻るだけなんですよ。アフリカには体力がもつ限り行き続けたいと思っています。

ヨシダナギ Information

The Truth

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