SPECIAL
#13 | Mar 19, 2019

トラップハウス・ジャズという新たな音楽シーンを確立。ジャマイカ出身の異彩を放つサックス奏者/トラックメーカーが魅せたカリスマ性

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Special Thanks: Inverse Culture

各々のフィールドで専門性を極め、グローバルな視点と感性を持って、さらなる高みを目指す海外のアーティストやビジネスパーソンなどをインタビューするコーナー「INLYTE(インライト)」。第13回目はサックス奏者でシンガーソングライターのMasego(マセーゴ)。「トラップ・ハウス・ジャズ」と自ら名付けた独自のスタイルで、ドラムやギター、ハーモニカなどの楽器や、サンプリングパッドを操りながら美声を響かせる。トラックメーカーやプロデューサーとしても止まるところを知らない彼の目指す先はどこにあるのか。
PROFILE

ミュージシャンマセーゴ/Masego

ジャマイカ、キングストンで生まれ、アメリカのヴァージニア州で育つ。マセ―ゴとはボツワナのツワナ語で"神聖な"、"恵まれた"という意味。幼い頃からゴスペルを聴いて育ちキーボード、ドラム、サックス、ベース、トランペット、ハーモニカ、MPC、カズー等を演奏するマルチ・インストルメンタリスト/プロデューサー。更には歌やラップもこなす新世代エレクトロ・アーティストとして注目を集めている。ジャズ・プレイヤーの多くがアカデミックな教育を受けているのとは対照的に、マセーゴは楽譜が読めないことを告白している。2013年頃からインターネ ット上に自身の音源をアップロードし始め、トラップ・ハウス・ジャズという独自のサウンドを確立。2015年にダラスのプロデューサーであるメダシンとコラボレートしたEP『Pink Polo』がアンダーグランド・ヒットし注目を集める。2016 年にはEP『Loose Thoughts』をリリース。2017年にはDJジャジー・ジェフのクリエイティブ・プロジェクト『Chasing Goosebumps』に参加、更には初来日公演を果たす。2018年に新アルバム『レディ・レディ』をリリース。

“マセーゴ”は自らのルーツであるアフリカの部族の言葉に由来。トラップハウス・ジャズを確立し、YouTubeで再生回数1億回を超えた曲も誕生

ジャマイカ人の父親とアフリカ系アメリカ人の母親のもと、1993年6月8日、ジャマイカの首都キングストンで生まれたマセーゴは、牧師である両親の影響で幼い頃からゴスペルを聴いて育った。アメリカ・バージニア州に引越した8歳の頃からは、歌だけでなくドラムやピアノを独学で身につけ、音楽の才能が開花していく。そして14歳の時、ミドルスクールに臨時教師として赴任してきた女性に恋をして、その教師のバインダーにサックス奏者のNajee(ナジー)の写真が貼ってあるのを見つけて、「もしサックスが吹けるようになったら彼女と結婚できるかもしれない」と思い込み、上達するために週末はスイミングをして肺を鍛えるほど、サックスに夢中になった。

 

高校生になると、自分の先祖のルーツが南アフリカにあると知り、南アフリカの部族の言語であるツワナ語で“恵み(blessings)”を意味する「マセーゴ」をステージネームにすることを決めた。2013年頃からは、Soundcloudなどを通じてインターネット上に自身の音源を積極的に発信するようになり、「Trap House Jazz(トラップ・ハウス・ジャズ)」という独自のジャンルを新たに確立する。2015年にはダラスのプロデューサー、Medasin(メダシン)とコラボレートしたEP「The Pink Polo」を、2016年にはEP「Loose Thoughts」を発表。2017年にはDJ Jazzy Jeff(ジャジー・ジェフ)のクリエイティブ・プロジェクト「Chasing Goosebumps」に参加し、初来日公演も果たした。2018年には待望のニューアルバム 「Lady Lady」をリリースし、アルバム収録曲「Tadow」は、フランス人プロデューサー でトラックメーカーのFKJと共作したことも話題となり、YouTubeの再生回数が1億回を超えるほどのヒットを記録した。

 

こうして今、最も注目を集める25歳の新世代アーティストは、ロサンゼルスを拠点に活動しており、つい先日スタジオ付きの自宅を購入したばかりと言う。アジアツアー中に代官山ユニットでの一夜限りのライブのために来日したマセーゴに、幼い頃の記憶や、好きなアーティスト、女性について、そして成功とまだ叶っていない夢のことを伺った。

 

世界を旅したことのなかった大切な仲間達と一緒にツアーできるのは幸せなこと。今の僕は、人生で聴いてきた音楽全てに影響を受けていると思う

―日本には今日到着して、わずか一泊だけの滞在と聞きました。お忙しいですね。

うん、今アジアツアー中で、今日上海から来て明日はもう韓国なんだ。日本にたった1日だけの滞在なんて寂しすぎるよ。本音を言えば1週間は日本で過ごすべきだよね。さっき原宿に買い物だけは行ってきたよ。

 

―普段はロサンゼルスを拠点に活動しているのですよね?

うん、ノースハリウッドに家を買ったばかりなんだ。まだ電球を取り付けたり、カーペットを選んだりしてる。 凄く閑静なロケーションだよ。

 

―いいですね。マセーゴさんは8歳までジャマイカで生まれ育ち、幼い頃から様々な都市で過ごされていますが、中でも南アフリカの首都ヨハネスブルグが一番好きな都市だそうですね。南アフリカに惹かれる理由は?

南アフリカの持つ独自のカルチャーにインスパイアされるんだよね。そこで生きる人たちの日常を見ているだけで刺激を受ける。もちろん彼らは当たり前の日々を暮らしているだけなんだけど、例えば東京でも、道の掃除をしてる人とか、遊んでる子供とか、彼らの普段通りの日常生活が僕にとってはとても魅力的なんだ。ヨハネスブルグは自由で、愛情に満ち溢れた人たちがたくさんいると思う。

 

―ジャマイカにいた頃の暮らしは何か憶えています?

あまり憶えてないな。よく3歳頃からの記憶は残ってると言われるけど、僕は16歳の頃からしか思い出せないし、それ以前のことは断片的にしか残っていない。ココナッツジュースを飲みすぎたせいかな(笑)。でも家でかかってた音楽は憶えている。Buju BantonとMutabaruka、この二人は親父が大好きでいつも聴いていたんだ。あとはマイケル・ジャクソンやゴスペル音楽もいつもかかっていたよ。

 

―最近はどのような音楽に影響されていますか?日本のアーティストくこともあります

最近よく聴いてるのはYo Gotti。彼は僕がこれから作りたいと思ってるリズミカルで、トラップっぽいサウンドを作っているね。 音楽はYouTube とSoundCloudで聴くことが多いんだけど、Chilled Cowっていうアーティストをフォローしていて、彼のようなLo-fi(Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)と呼ばれ、ジャズなどをサンプリングしたものとチル(まったりした)なビートで構成された音源にアニメの映像などを取り入れて制作したもの)もよく聴く。あと、 僕のプレイリストには日本人アーティストもたくさんいて、starRO(スターロー)とは一度一緒に仕事したことがあるけど、彼の音楽も大好きだよ。今の僕は、人生で聴いてきたもの全てに影響を受けていると思う。

 

―キーボード、ドラム、サックス、ハーモニカなどマルチに演奏されますが、その中で自分が最も自分らしさを感じる楽器はあるんですか?

クラリネットかな。Squirword (イカルド:スポンジ・ボブのキャラクターでクラリネットを趣味でよく演奏している)が僕のヒーローの一人だったんだ。彼の音楽には何かを感じるし、これまで聴いたクラリネットで一番!本当は僕も今夜クラリネットを演奏したいから持ってこようかと思ったんだけど、TSA (アメリカ合衆国運輸保安庁)で引っかかるといけないから持ってこなかった…って冗談だけどね(笑)。

 

―え?クラリネットを演奏するって冗談なのですか?(笑)。ところで、あなたは自身の音楽を 「Trap House Jazz(トラップ・ハウス・ジャズ)」と名付けましたが、音楽をカテゴリー分けされるのは気にならないですか?

うん、気にしないね。 僕が音楽で表現してることを理解できる人達は、カテゴリー分けして何かを関連付けたいんだと思う。それで構わないし、僕は自分が感じる音楽を作り続けて、それを聴いた人が感じたように解釈すればいいんじゃないかな。

 

―昨年発表した「Lady Lady」はアルバムのタイトルでもあり、曲にもなっていますが、モデルにした女性は誰かいますか?

うーん、エディー・マーフィー主演の映画「ブーメラン」に出ていたハル・ベリーが演じたアンジェリーかな。ロビン・ギヴンズが演じたジャクリーンもそうだね。彼女たち二人を足して二で割った女性が「Lady Lady」だね。でも実際「Lady Lady」の意味はもっと広く捉えているんだ。どんな女性もそういう存在になりうるよね。

 

―普段は、どんな女性に魅力を感じますか?

音楽でもファッションでも、その人の持つテイストが大事。あとは、相性というか、一緒にいる時にどう化学反応が起きるかっていうケミストリーみたいなものかな。僕が18歳の頃は理想とする女性像を具体的に言えたけど、今は見た目とかではなくて、一緒にいてフィットするかとか、恋愛で何を一番大切にするかの方が気になるようになってきた。だから、一緒にいて自然と思えれば相手は問わないよ。 とにかくケミストリーが大事だね。

 

― 作品も高く評価され、最近住まいも購入したマセーゴさんですが、あなたにとって成功とはなんですか?

J・コールが“What good is first class if my niggas can’t sit? ”(もしも仲間も一緒に金持ちになれないなら、その地位になんの意味がある?「MIDDLE CHILD」より)って歌っているけど、成功って、自分の周りにいる人たちを大事にすることだと思う。僕にとっての仲間は、常にインスパイアしてくれて、いいサウンドを作り出してくれるバンドのみんなのこと。まあ俺はまだそこまで達してないから、ファーストクラスに乗れるようにはなりたいけど、 J・コールの言うように、たとえ金や女性が手に入っても、みんな心の底では自分にとっての本当の幸せを探してると思う。

僕はこれまで世界中を4、5回旅してきたけど、今が一番楽しいのは、世界を旅したことのなかった大切な仲間を一緒に連れて来れたからだと思う。それってギフトだよね。あとはゆっくりと自分の周りに溢れるディテールを味わえたらいいね。ただ、一つの場所にもっと長く滞在できたらもっといいと思うし、究極の成功は、例えばビヨンセやJay-Zのように、どこへでも行きたい所に行けて、ある程度の期間滞在しながらショーをやれるようになることだね。でも僕はもうリッチになったし、今でも十分満足してるよ。

 

―まだ叶ってない夢があれば教えてください。

いつか自分の農園を持ちたいんだ。僕は、アボカド、リンゴ、オレンジ、マンゴーといった果物が大好きだから、将来は大きな土地でたくさんの果物を育てたい。質のいい土で育った食べ物は新鮮で美味しいからね。今のところ、南アフリカとニュージーランドで食べた果物が一番美味しかったな。農園の場所はカリフォルニアでも、そうじゃなくてもどこでもいいよ。土地選びは大事だから、その時が来たらちゃんと調べてどこにするか考えるよ。

 

—健康的ですね。ベジタリアンなのですか?

僕はFlextarian(フレックスタリアン)と呼んでる。野菜中心の食生活だけど、たまに肉も食べることがあるから、その辺はあまり厳しく節制しないで臨機応変に考えてる。

 

―最後に、あなたようになりたいと思うミュージシャンがいたら、何とアドバイスします?

何度も打ちのめされることだね。そうやって僕は自分のキャラクターを作れたと思う。あとは、物事を全て計画通りに進めようとするんじゃなくて、常に自然体でいることが大切。それが“Masego”になる第一歩だと思うよ。

 

インタビューではお気に入りの茶系のカモフラージュ柄のマスクをつけて、冗談を本当のことのように話すなど、時折私たちを惑わせたが、成功についてを語るマセーゴは、優しさで溢れ、仲間達と今の活躍を心から楽しんでいる様子が伺えた。端的かつ明快に自分の好きなことを明言する姿が心に残った。

また、タワレコオンラインサイトには、マセーゴが好きなアルバム情報を掲載している。そちらも是非チェックしてみて欲しい。

 

以下は、代官山ユニットでのライブレポートとなる。

ソールドアウトの会場にぎっしり埋まった満員の観客。メンバーが舞台上手から登場するとスクリーンにMasegoの文字が現れる。そして、YouTubeの再生回数1億回以上を誇るFKJとのコラボレーション曲「Tadow」のイントロが流れるアンビエントな雰囲気の中、サングラスに虎柄ベルベットのゴージャスなシャツを身に纏ったマセーゴが登場。会場からは大歓声が湧き上がった。マセーゴが「 みんな調子はどう?今日は今までにないくらい思いっきり叫んで盛り上がってほしい!」と言い放つ。続いて「Shut Up and Groove」が始まると、ビートに合わせて手を振ってと促し、会場はより一体感を増す。その後は赤いライトの中「Lady Lady」を軽快かつセクシーに歌い上げた。

 

メンバー紹介の後の「Queen Tings」では、サックスを演奏すると共に“Yeah”と“ Wow”のコールアンドレスポンスを何度も楽しんだ。曲前に「女性はどこにいる?」と問いかけると、女性ファンから悲鳴とも言える叫び声がちらほら聞こえ、「Wifeable」ではサックスの腕前を再び披露した。スクリーンには、マザーネイチャーとも言うべき大自然の砂漠とオアシスの風景が映し出される。次はサンプリングパッドを操り、パンチングするように5本の指で叩きながら音を奏で、歌が続く。続いて、iPhoneのライトをオンにするよう観客にお願いし、会場全体にたくさんのライトが灯る中、「Late Night」、後に「Yeah Yeah Trigger」「I had a Vision」「Old Age」が続いた。次の「You Gon’ learn Some Jazz」では、歌とサックスを披露し、マセーゴのソロの後、キーボーディストもサックスを吹き、最後は二人でサックスのインプロセッションになると、マセーゴ本人がより生き生きと輝き、心底楽しんでいる瞬間を感じることができた。

 

「Lavish Lullaby」ではドラムソロで観客を圧倒、次に「僕が水を飲んでる間に大絶叫してね」と言って始まった「Water Break」では、演奏の合間にマセーゴが水を飲むたびに観客から絶叫が響いた。Rolandの鍵盤を右手で叩くように何度も打ちながらキーボードも披露。続く「Girls That Dance」では軽快なダンスを踊り、歌の後にドラムソロも披露して観客を盛り上げた。ラストは「Navajo」で再びサックスを奏でたマセーゴ。アンコールでは再び「Tadow」が流れ、真っ赤なライトを浴びながらサックス、キーボード、ダンスを惜しげもなく見せつけた。

 

会場中が終始熱気に満ち溢れたパフォーマンスだったが、誰よりもこの空間と瞬間を心から体感して楽しんでいたのはマセーゴ自身だったのではないか。観客が次第に同じ方向に導かれていくような大きなうねりを感じながら、この細い身体からは想像もつかないほどのパワーとカリスマ性を感じると共に、瞬間に奏でる音を心から楽しみ、生の感覚をしっかり味わっているマセーゴの等身大の人間性も感じることができた。ライブ中、観客は皆、終始マセーゴの操る世界の中で気持ちよく泳がされている気さえした。