HIGHFLYERSにゆかりのある人物に、ご自身の心のオアシスとして大切な場所を紹介していただくコーナー「Rejuvenate(リジュビネイト)」。第10回目のゲストは、DJでありキュレーターとしても活躍する須永辰緒さん。昨年DJ活動40周年を迎え、「STE100 ~須永辰緒DJ40周年&誕生60年記念フェスティバル~」を開催。横山剣(クレイジーケンバンド)、野宮真貴、T字路sなど、多くの著名アーティストやDJが出演し、大きな話題となりました。
今回、須永さんが“心のオアシス”として選んだのは、笹塚のボウリング場「笹塚ボウル」。1973年の創業以来、ボウリングを超えた交流の場として発展し、コロナ禍には大規模なリニューアルを実施。美味しい料理や多彩なイベントを提供するほか、地域の健康促進やジュニア教育にも貢献。さらに、災害時には避難所としての役割も果たしています。インタビューでは、須永さんが笹塚ボウルに抱く思い出や、現在の活動、さらには4月にオープンする自身のレコードバーについても語っていただきました。
クラウドファンディングを成功させて、店でみんなと音楽の話で酒が飲めたら、これ以上幸せなことはない
―心のオアシスとして、笹塚ボウルを選んだ理由を教えてください。
笹塚に暮らし始めてから40年くらい経つんですが、初期の頃から笹塚ボウルに来ていて、ホーム感があるんです。ここは街のハブみたいな役目を果たしていて、行政とかも含めいろんなことをやっているので、こういう場所があると安心します。東日本大震災の時は社長の英断でここを全部帰宅困難者に開放したので、大勢の人たちが来て暖を取りました。
―須永さんはここで吉田さんとチャリティーイベントをされていましたけど、それも震災きっかけでしたよね。
そうですね。年1で開催して、入場料をそのまま義援金として、被災地だったり倒壊した酒蔵に直接寄付したりとかしてました。


「吉田類と仲間達」東北復興支援チャリティイベント
―その中で、印象深い思い出や出来事はありますか?
酒飲みは結束が固いので、仲間たちの絆がより深まったのは実感しましたね。チャリティーって偽善っぽく見える場合もあるじゃないですか。でもやってみたらわかりますけど、たとえ偽善だとしても、なかなかできるもんじゃないですよ。労力使いますから。僕は代表幹事だったので、あちこち動いて、その間かかりきりになるので仕事ができないですからね。
ーイベントはどのくらい続いたんですか?
2011年に始まって、コロナ前までです。酒飲みはどうしても密になっちゃうから、コロナになってそれから止まったままです。
―須永さんは、今はここでジャズ喫茶イメージしたDJをされているとか。
笹塚ボウルがコロナ禍に大改装して、ボウリング場とは別にラウンジスペースができたんです。ライブできるステージがあったり、DJブース回りは、スピーカーもアンプもミキサーも、全てハイファイになって。社長の趣味でそうなったんですけど、本気度がみんなに伝わったみたいで、ステータスが3段階くらい上がって、ここでDJやイベントをやりたい人がすごく増えました。実際に売り上げは何倍にも上がったらしいです。
こういう大きな商業施設には珍しくお酒もきっちりしたものが揃ってるし、大人がお酒を飲みながら良い音を聴いて楽しめる環境が整った。それで、この音響だったらジャズ喫茶ができると思って、「笹塚ボウルMusic & Bar」っていうタイトルで時々やらせてもらってます。レコードと親和性が高いシステムで、本気出すと強烈な音が鳴るんですよ。

笹塚ボウルMusic & Bar
ー次回やる時は是非行きたいです!話は変わって、一一番最初にHIGHFLYERSでインタビューしたのがちょうど10年前で、「Sunaga t experience」を出された頃でした。この10年でいろんなことがあったと思いますが、振り返ってみていかがですか?
あっという間でしたね。特にこの10年は、世の中いろいろありましたから。
―昨年はDJ40周年と還暦を祝って「STE100」が開催されましたね。
あれに関しては僕は一切タッチしてなくて、ただ祝われに行っただけです。でも、あの日大雨で。その前後の2、3ヶ月で雨はその日だけだったんですよ。ひどいでしょ。僕はすごい雨男で、いつも大変な雨に見舞われるんです。やっぱり雨だときついですよね。集客もそうですけど、体力も奪われるし、雨で野外ってなかなか難しいですね。
―でも見ていて思うんですけど、須永さんはいつも周りが動いて、本当に人望が厚い方なんだと毎回感心してしまいます。
だって、今まで後輩に何千万奢ったと思ってるんですか(笑)。まあそれを返してくれたんじゃないですか。

STE100
―なるほど(笑)。ところで来月にはレコードバーをオープンされる予定ですね。やろうと思ったきっかけはご自身のレコードがたくさんあって、、という感じなんでしょうけど、その辺を教えていただけますか?
それもそうなんですけど、他にも理由があります。第一に、こないだのフェスで60歳を迎えて、一つの区切りの年として少し環境を変えたくなって。ラーメン屋を始めるのも考えたんですけど、体力的にちょっと難しそうだなと、ラーメンはウエブの連載記事とかで趣味で作る方が楽しいかなと思いました。それで、昔からレコードバーやジャズ喫茶に行って音を聴くのが好きだったので、レコードバーをやってみたいと思ったんです。ある時友達にそんな話をしたら、実は持ってる物件があるって言うんです。それで行ってみたらイメージ通りのお店だったんですよ。そのまま居抜きで使えるような所で、音も良くて。なかなかそういう物件に出会えることはないと思って、速攻で決めました。
―それまではその店に行ったことなかったんですか?
だって開いてないんですもん。その友達が趣味で作った店で、オープンしたのは3日ぐらいだって言ってましたよ。
―そうなんですか!でも、ずっとキープしてたんですね、須永さんのために。
いやいや、そんなわけないじゃないですか。だから本当に面白い偶然なんですよ。でも初めて店のドアを開けた瞬間は、「ああ、この店待っててくれたんだ」と思いましたね。それで、もうこれやるしかないじゃんって。

―それが去年くらい?
そうです。あとは契約して、レコードとかいくつか機材を運び込んで、お酒を入れて、という通常のバーのオープンの仕方と一緒ですけど、ちょっと改造しなきゃいけない所も出てきたりしたので、クラウドファンディングをすることにしました。クラウドファンディングをやれば、ちょうど良いプロモーションにもなりますし。お店をこっそり始めてじわっと盛り上げていく方法もあるけど、Organ Bar(オルガンバー)もそうだったんですけど、知ってもらうまでに結構時間がかかるんですよ。
― Organ Barは宣伝しなかったんですか?
全く。家賃も安いし、最初から優秀なDJばかりが揃っていたから宣伝しなくても何とかなるだろうと、しかもクラブじゃなくてラウンジだし、と甘く構えていたら半年ぐらい全然お客さんが入らなくて。これは困ったぞって時にいろいろ転機があって。オープンして1年ぐらいでお客さんがワーっと来るようになりました。
―どんなきっかけだったんですか?
「Organ b.SUITE(オルガンバースイート)」ってミックステープを作ったことが大きかったですね。テープを買ってくれたお客さんたちが、Organ Barってどういう所なんだろうって全国から足を運んでくれた。そのミックステープは8,000本売れたんですよ。
―それはすごいですね!新たにオープンするレコードバーのテーマは何になりますか?
Organ Barもそうだったんですけど、まずはアーティストが交流するラウンジみたいな、ハブのような場所になればいいなというのがあります。もう一つは個人的な話になるんですけど、まだ聞いてないレコードがとんでもない枚数あって、例えばマイルス・デイヴィスのボックスセットとか、そういうのが溜まりに溜まってるので、それらをじっくり聞く時間を作りたいなと。それでどうせなら、みんなで聞きたいじゃないですか。あと、今回のクラウドファンディングで、100枚ぐらいのLPが入る棚を開放して半永久的に預かりますっていう面白いリターンを作ったんですけど、そのリターンを選んだ人は、営業時間内ならいつでも自由に来て、好きなLPを聴けます。


4月にオープン予定のレコードバー「moderno」
―贅沢ですね。須永さんはずっとお店にいるんですか?
いますよ。基本ワンオペでやろうと思ってるので。ただ現状、週末はずっとやっているレギュラーが入ってることが多いので、そういう時は誰か他の人に店に来てもらうことになると思います。
―営業時間はどうなるんですか?
駒沢あたりに住んでるミュージシャン友達が結構いるんですが、彼らに聞いたらどこかでご飯を食べて地元に帰ってきた時にふっと入れる店があまりないと言ってたので、夜遅めのオープンで、8時ぐらいから朝の4時ぐらいまでやろうかなって思ってます。深夜族のために。
―ええ!でも、須永さんは結構健康的な生活をされていると前におっしゃってましたよね。
それがまた不健康になっちゃいますね。
―180度変わりますね。お店の名前は何になりますか?
「moderno(モデルノ)」です。イタリア語でモダンという意味。「moderno」っていう曲を作ったり、イベントをやったこともあるし、馴染みがあるんでその名前しました。
―素敵な名前です。今日はそのレコードバーでかけたいレコードをいくつか持ってきていただきましたが、教えていただけますか?
大きく分けて3つあります。まずは北欧ジャズ。僕はヨーロッパの、主に北欧のジャズが得意なんですけど、このフィンランドのクリスチャン・シュウィント・クインテット(Christian Schwindt Quintet)というグループの「For Friends And Relatives」は、北欧ジャズを掘るきっかけになったアルバムです。1964年に出たので、僕と同い年。64年って当たり年で、アメリカの作品もそうですけど、いっぱいあるんですね。ジャズサンバムーブメントも同年ですし、64年縛りでDJできるぐらいあります。


―そうなんですね。自分と同じ年って親近感湧きますよね。
それは確かにあるかも。相変わらずヨーロッパジャズの啓発活動みたいなのことをやっていますが、やっぱり北欧ジャズは自分に合いますね。アメリカのBody and Soulに響くジャズとかよりも、マスマティック的で知性をくすぐられるようなジャズが好きです。僕は単純なんで、そういうのを聞いてると賢くなった気がして(笑)。これまでは、いろんな人にジャズを聞くきっかけ作りのような、入口的な動きをずっとしてきて、ジャズファンを増やしたと自分の中で思ってるので、今度はもうちょっと高度というか、誰も知らないようなジャズをいっぱい聞かせたいと思ってます。
―いい音楽って結局知ってる人に聞くのが一番早いから、そうやって教えていただけると嬉しいですね。
本当にそう。僕はしばらく前からDJというよりキュレーターみたいな形で音楽をかけたり選ぶことが多くなったので、それのもうちょっとプライベートな感じで聞かせてあげたり自分でも聞いたりしたいなと思ってます。逆に詳しい人がいたらレコードを持ってきて教えてほしいし、そういう交流があったらさらに嬉しいですね。
―いいですね。こちらのレコードは?
こっちは(ピエロ・)ピッチオー二や(ピエロ・)ウミリアニの、イタリアのCAM(カム)というレーベルから出てるイタリア映画のサントラです。ちなみに3枚で26万ぐらいします。サントラって、かける曲がLPの中で1曲ぐらいしかなくて、そのために買ってるのでもったいないですよね。LPを通してちゃんと聴きたい。

―ちなみにそれらは映画を見て、その曲が欲しいってなったんですか?
いや、ジャズのレコード屋で紹介してもらったのがきっかけです。ピッチオーニもウミリアニも多作なので、玉石混交ですよね。有名な映画のサントラだから良い曲が入ってるかっていうとそうでもなくて。なかなか難しいんですけど、レコード屋さんに聞くと、こんな良い曲が入ってたっていうのは結構多いです。
―他の3枚は?
この2枚はマシュー・ハルサルのアルバム。エレクティブではないんですけど、ECMの流れを組むような、ダンスミュージックとクラブミュージックを通過して出来上がった「ポストクラシカル」っていうジャンルが今あって、そういう路線のアルバムです。静かすぎるんで、クラブとか、今僕がやってるようなブルーノートやレコードバーではあまりかけられない感じですね。もう1枚は、その延長上にあるヴォイジョン・シーのアルバム。新しいタイプのシンガーソングライターで、エレクトロでもあり、かといってジャズから全然離れてなくて、ポストクラシカル。こういう音楽のバックグラウンドに幅があるようなクリエイターが作るものは、やっぱり何度でも聞けます。聞き応えがあるし、レコードバーだとかける機会も多いと思います。

―是非聞いてみたいです。
ちなみにこんなことを言ったら裏切りと思われるかもしれないですけど、僕は家ではレコードを聞かないんですよ。SpotifyのAIくんがすごい優秀で、こんなのどう?っていっぱい提示してくれるんで、パソコンにスピーカーつけてSpotifyで聞いてる。それで気に入ったものがあったらアナログが出てるかチェックして、出てたら買う。今、レコードの買い方としてそういうのが多いです。
―では、大体の情報源はSpotifyってことですか?
SpotifyのAIくんくんは優秀ですから。僕はいろんな店舗に、テーマを決めてSpotifyでリストを作って提供するキュレーションをやってますが、編集作業をしてるとAIくんが自分の趣味を認識してくれて、毎日僕へのおすすめ曲を提案してくるんです。そうすると意外なところで良いものを知れて。このヴォイジョン・シーのアルバムなんかまさにそうですね。アーティストのことは知らなかったけど、内容が興味深かったので速攻ネットでポチッとしました。
―今はDJとキュレーションと、どのくらいの割合ですか?
半々ぐらいですかね。以前はキュレーションなんて仕事は1割もなかったですから、半々まで行ってるのが信じられない。
―以前、2019年にインタビューした時もキュレーターの話をされてましたね。
そうですね。結局みんな、今どんな曲がいいのか教えてほしいと思うんですよ。僕も教えてほしいし。プレイする場所が自由に選曲できる所であれば、そういうキュレーション的な曲の選び方もありなんじゃないかなと思います。

―キュレーターとしてDJとして、より良くなっていくために気をつけてることや努力していることはありますか?
アンテナをずっと張り巡らしておかないと、とは思ってます。倉庫にレコードが1万枚ぐらいあって、この先全部それらを聞けるかどうかわからないのに、やっぱり毎週新しいレコードを買ってストックするわけですよ。でも買うのをやめたら面白くないじゃないですか。僕はレコードを聞くよりも買う方が趣味。買うのが好きなんです。
―聞くよりも買うのが好きとは!面白いですね。買って満足しちゃうこともありますか?
結構ありますね。あと、レコードは何がいいかっていうと、ジャケットがアートじゃないですか。「レコードは貧乏人のアート」という言葉もあります。
―いい言葉ですね。でも買うのが好きということは、新しいものが好きというか、それによって刺激されたい気持ちがあるんですかね?
多分それはあると思います。あと、新しい音楽を知ることで昔の音楽が輝いて聞こえたり、新しい音楽を聞くとその下地が何となくわかることがあるんです。例えば、60年代のジャズだったり、その人のお父さんが聞いていたであろうクラシックだったりが透けて聞こえる時があって。貧乏人のアート含めて、音楽は文化の中心の主役になってると思うので、そこは手放したくないです。自分もそこの末端にいたい。

―じゃあ一生買い続けますか?
ですね。あと、レコードの知識に関しては誰にも負けたくないっていうのがありますね。ポケモンGOもそうですけど、何でも一緒なんですよ。
―ポケモンGOも、根底にあるのは負けたくないという気持ちだったとは。やっぱり昔から負けず嫌いなんですか?
負けず嫌いではないんですけど、オタクなんですね。自分の本当に好きなものに関しては、誰よりも知識に貪欲でありたい。
―今、アーティストとかミュージシャンで注目してる方はいますか?
特に誰っていうことはないですが、すずめのティアーズっていうバンドのCDを買って聴いていて、ようやく4月にアルバムが出るので、すごく嬉しいなと思ってます。ネオ民謡みたいな感じで、歌を圧倒的に聴かせるボーカルで、今一番楽しみにしてますね。
―いつか一緒に曲を作ってみたいとかっていうのはありますか?
それはないかな。それよりどんどん作ってもらって、どんどん出してほしい。ずっと仲良くさせてもらったT字路sもメジャーに移籍しましたし、いいミュージシャンは常に応援していきたいなと思いますね。

―では、今後の目標や夢を教えてください。
今はクラウドファンディングを成功させて、店にみんなに来てもらって、音楽の話で酒が飲めたらいいなと思ってます。そういうのが好きな仲間が集まって、音楽の話で酒が飲めるなんて、こんな幸せなことはないじゃないですか。あんまり遠い未来のことは考えてないですね。例えば10代の時に日本一のDJになってやると決めたような、そういう夢はもうないんですよ。日本一ではないけどある程度達成したし、努力はしたので、これからもうちょっとわがままに生きたいですね。
―わがままに?
DJはサービス業ですから、皆さんを踊らせたり、DJを通じてインフルエンサーとなって曲を流行らせたり、自分の選曲術でバーの売り上げを上げたりとか、そういうのがDJの役目だと思ってるので、そういうところから離れて好き勝手に、本当に自分のために時間を使いたいなと思ってます。それってすごく贅沢なことですし、商売として成立したらこれ以上ないですよね。
―いろいろ楽しみです。最後に、10年前も同じことを聞きましたけど、須永さんにとって成功とはなんですか?
10年前も同じことを言ったと思いますけど、(この世から)いなくなってからじゃないとわからないものですよね。それに成功者かどうかは外から判断されるもので、自分ではジャッジできないですよ、僕らの狭い世界ではね。だから僕は、自分の小さな友達の輪の中でいいので、「そういえばあいついいやつだったよね」って言われるぐらいの成功でいいんじゃないかなと思うんです。ちょっとクスッと笑ってもらえるぐらいの成功で十分じゃないかなと。

須永辰緒プロデュース『ハイエンドオーディオ レコードバー』を駒沢にオープン!
2025年初旬、須永辰緒が完全プロデュースするレコードバーを駒沢公園通り沿いにオープンします。ハイエンド・オーディオが奏でるレコードによる音楽で、緑溢れる駒沢の街に贅沢な「夜ジャズ」時間を提供します。しかし大掛かりな改築の必要がないとはいえ、バー営業にするためにはマイナーチェンジすることが山ほどあります。準備した資金ではそれらに必要な設備投資面が足りません。開業資金としてその一部をクラウドファンディングで集めています。
https://camp-fire.jp/projects/814842