互いに閃いたメロディーを重ね合わせて楽曲制作。アルバム「The Midnight Hour」や二人が手がけた「Marvel ルーク・ケイジ」のスコアも大好評
言わずと知れたヒップホップ黄金期を代表するグループ、ア・トライブ・コールド・クエスト(以降 トライブ)のアリ・シャヒード・ムハマドは、ニューヨークのブルックリンで生まれ育った。幼少の頃から叔父に音楽を教えられ、DJとして地元で活躍するようになり、85年に学生時代からの友人であったQ-ティップ、ファイフ・ドッグ、ジュロビ・ホワイトとトライブを結成。90年にファーストアルバム「 People’s Instinctive Travels and the Paths of Rhythm」をリリースし、その後も「The Low End Theory」(91年)や「Midnight Marauders 」(93年)など5枚のアルバムを出した。ヒップホップ界で確固たる地位を築いた彼らであったが、98年にグループの解散を宣言。しかし再び2006年にリユニオンを果たし、ツアーを行ったりフェスに出演するなどして、2016年に6枚目のアルバム「We Got It from Here… Thank You 4 Your Service」をリリース。惜しくも同年、メンバーのファイフが死去し、その翌年イギリスで行われたフェスへの出演が彼らの最後の活動となっている。
アリはプロデューサーとしてトライブ以外でも才能を発揮しており、ディアンジェロやエリカ・バドゥ、ジル・スコットなどR&B界のレジェンド達の楽曲を手がけている。また、トニー・トニー・トニーのラファエル・サディークとアン・ヴォーグのドーン・ロビンソンと共にルーシー・パールとして活動し、アルバム「Lucy Pearl」を2000年にリリース。ソロ活動としては、自身のアルバム「Shaheedullah and Stereotypes」(2004年)を出している。
一方のエイドリアン・ヤングは、カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれ育つ。アリがトライブとして活躍していた頃、エイドリアンはサンプリングをして作曲するなど個人で音楽活動をしていた。次第にサンプリングをやめて自らが全ての楽器を演奏して曲を作るべきと、毎日何時間もかけて楽器の練習にいそしむ。そして2000年にEP「Venice Dawn」をリリースし、2009年にはブラックス プロイテーション コメディー映画「Black Dynamite」のサウンドトラックを手がけて注目を浴びた。2011年にアルバム「Adrian Younge Presents Venice Dawn: Something About April」を出した後、ゴーストフェイス・キラやソウルズ・オブ・ミスチーフ、DJプレミア率いるプライム、シーロー・グリーンやビラルといったヒップホップ、R&B界のレジェンドたちの曲を次々とプロデュースするようになる。
そんな二人が出逢い、一緒に曲をプロデュースするようになったのはとても自然なことだったと彼らは言う。制作においては、互いに閃いたメロディーを重ね合わせて曲を作っていくスタイルで、ミュージシャンとしてのそれぞれの役割を線引きすることはないそうだ。ユニット「The Midnight Hour」を組み、2018年6月に同名のアルバムをリリース。また、彼らはNetflixの人気ドラマ「Marvel ルーク・ケイジ」(2016年9月〜)のスコア(劇中音楽)も手がけ、大人気を博した。
そんな彼らが、今年9月に行われたLocal Green フェスティバルへの出演とビルボードライブ公演のため来日。アルバム「The Midnight Hour」や、お互いの才能について、成功とは何かなどを聞いた。
成功とは自分が望むライフスタイルを送ること。夢に向かって一つずつやるべきことを達成していくのが大事
—まず初めに、アルバムのタイトルを「The Midnight Hour」にした理由を教えていただけますか?
アリ:「The Midnight Hour(真夜中の時間)」という言葉が持つセンチメンタルさが、僕たちが作る音楽のムードに合っていると思ったんだ。クールで落ち着いていて、ジャズとか特別な音楽を聴きに行くもぐりの酒場のような所をイメージして曲を作った。
—このアルバムのユニークな点はどんなところですか?
エイドリアン:ヒップホップの観点から作っているところだね。まず、僕らがインスパイアされてきたヒップホップの音楽を聴き返してみたんだ。例えば、トライブや他のヒップホップ黄金期のグループが、昔の曲からサンプリングしたものをどんな風にアレンジして曲にしたのかを調べた。それからそのオリジナルの曲を聴いて得たフィーリングを、どうしたら上手くブレンドして今の時代に合ったものにできるかを考えた。
R&B、ヒップホップ、ジャズ、サイケデリックロックなど、僕らが大好きなカルチャーの全てが混ざっていて、大人のリスナーに向けて作った音楽だよ。大人って言っても、“音楽的に大人”という意味で、年齢は関係ない。
—あなたたちが身につけている衣装もとても大人っぽくって、“真夜中”という感じがしますよね。
エイドリアン:うん、そうだね。身につけるものって自分自身を表していると思うんだ。自分たちがクリエイトするものは、細部にまで全てすごく気を配っているよ。こだわって作ったものを届けたいし、衣装も含め、日常に起きることや自分たちが自然に感じるものを反映させたい。
—最近のヒップホップシーンについて、お伺いしたいです。特にアメリカでは、以前と比べて大分変わりましたが、どう思いますか?
アリ:昔はみんな楽器や機材を持っていなかったし、スタジオへのアクセスも限られていたから、ちょっとした曲を作るのでも、それなりの覚悟を持って挑んでいた。でも今はテクノロジーが発達したおかげで簡単にレコーディングできるから、“困難を乗り越えてまでも、変化を求めて何かをクリエイトする”っていう感じではないよね。有名になるためだけにヒップホップをやっているキッズもいて、彼らは現実よりはるか大きなものを信じ込んでいるように思う。それに、全てが簡単にできるようになってしまったことで、みんな昔ほど考えなくなったよね。そうなると、音楽がアートとしてこの先広がっていくことはないんじゃないかな。
—貴重なご意見ありがとうございます。それでは、お二人の出逢いを教えてください。
エイドリアン:僕たちは、それぞれDJとして音楽の道をスタートして、レコードをサンプルして音楽を作っていた。僕はアリがトライブでやっていたことにもちろんインスパイアされていたし、彼らの曲を聴いて、どういう風にサンプルしたものを曲に使っているかをよくチェックしていたよ。そして、自分でそれらのレコードのサンプルをしていくうちに、自分が本当にやりたいことを表現するには自ら楽器を弾けるようにならないといけないと思って、独学で楽器を習得した。後で知ったけど、ちょうど同時期にアリも同じことをやっていたんだよね。
それから僕は映画音楽を作ったり、他のアーティストのプロデュースもするようになって、ゴーストフェイスのアルバム「TWELVE REASONS TO DIE 」(2013年)をプロデュースした。アリとはその頃繋がって、当時僕が手がけたソウルズ・オブ・ミスチーフのアルバム「There Is Only Now」を一緒にプロデュースしないかと声をかけたんだ。僕らは同じ志を持っていたから、一緒にやってみて、すごく楽しかったよ。
そうして5年くらい前から一緒に音楽を作るようになったわけだけど、最初からThe Midnight Hourとして、アルバム用に曲を作っていたわけではなかった。僕らが一緒にやるのはすごく自然なことで、スタジオに入るのも特に無理してそうなったわけではなかったんだ。音楽を一緒に作る上で、彼には彼の、僕には僕の得意とすることがあって、一緒にやることでより良いものを作ることができた。
—それぞれが得意とするのはどんなところなのですか?
エイドリアン:僕たちはそれぞれたくさんの楽器を弾くし、「僕がベースで彼がドラム」とか、そういった線引きはしない。二人とも同じくらいできるから、このアルバムでは、ピアノもベースもドラムも、お互いが同じ楽器を同じくらいの量弾いているんだよ。例えば、スタジオで彼が「昨日こんなのを作ったんだ」って持ってきたとしたら、僕は「いいね、じゃあこうしよう」ってそれに何かを重ね合わせたりして。そんなことを繰り返して作っていった。
—面白いですね。そうやって二人で一緒に作り上げていったのですね。
エイドリアン:そう、データを送り合って作ったりするわけではなく、ちゃんとスタジオに入ってね。
—お二人が手がけたNetflixのドラマ「Marvel ルーク・ケイジ」のスコアも評判がかなり良かったそうですね。
エイドリアン:うん、あの番組はアメリカでは大ヒットとなったよ。基本的にはヒップホップ、ファンク、ジャズなどを取り入れて僕らの音で「ルーク・ケイジ」に合った世界観を作り出した。もし僕たち、The Midnight Hourの音楽が好きなら、絶対楽しめると思うよ。
—ところで、アリさんは、今はLAにお住まいなんですか?
アリ:うん。2014年にニューヨークからLAに引っ越した。
—エイドリアンさんとユニットとして活動するために?
アリ:いや、ニューヨークが昔と比べて変わったからだよ。僕の家系は、祖父母の代からニューヨークで育っているから、僕にはニューヨークに深いルーツがあるんだ。でも街は変わって、自分にも変化が必要だと思った。自分の中でクリエイティブなものが生み出せなくなっていたし、それに物価も高いしね。ニューヨークには偉大なミュージシャンがたくさんいるけど、みんな生き残るために必死に働かなくてはいけない。僕はLAに移住を決める前、エイドリアンとソウルズ・オブ・ミスチーフのアルバム制作をするのに来たんだけど、LAにはすごく良いコミュニティーがあると思ったし、彼との作業はすごくスムーズでとても良かった。ためらうことなくアイデアが湧いてきたよ。でもニューヨークに戻ったら、そのアイデアや感情は消えてしまった。あと、ニューヨークの寒さも嫌になっちゃって、ある日自分の人生を変えようと思ったんだ。
—トライブは多くのアーティストに多大な影響を与えたグループですが、あなたがトライブから得たものはどんなことですか?
アリ:トライブから学んだことはたくさんあるよ。地元のブルックリンを離れて、世界中の人たちと出逢って、彼らがどのように音楽を受け止めているのか、人々はどんな生活をしているのかなどを知ることができた。それと、みんなが掲げる大きなゴールに辿り着くためには、自分のできることを何でもするのは大事だと思ったよ。僕はアーティストだからしなくてもいいことかもしれないけど、例えば自分の荷物は自分で持ったり、それを車やツアーバスに詰め込んだりとかね。そうすることによって次の目的地に早く着けるわけだし。あとは友情、そして、自分の音楽に対して誠実でいればポジティブに世界を変えられるということ。自分の地元やコミュニティーも、それ以外のことも。
—素晴らしいです。ところで、エイドリアンさんは音楽活動をしながらLAでレコード屋(兼美容室)をやっていらっしゃるんですよね?
エイドリアン:そう、ハイランドパークにね。いい感じの店だよ。僕はDJだから、もっとレコードを買うのに良い言い訳になる(笑)。ファンやいろんな人が店に来てくれるんだけど、僕は大体いるから、彼らと色んな話ができるし楽しいよ。LAには音楽のお店が昔ほどないし、やって良かったと思う。
—いつか行ってみたいと思います。さて、Local Green フェスでは「地元の緑を大切にしよう」というコンセプトを掲げているのですが、そういったことや、温暖化など、地球の変化に対してそれぞれ気をつけていることなどはありますか?
エイドリアン:もちろんだよ。それって自分の未来のことでもあるし、これから生まれてくる子供たちの安全にも繋がることだと思うんだ。彼らを守るために、それぞれが自分のできることをするべきだと思う。それに、できるだけオーガニックな人生を送ろうと、それぞれが自主的な行動を取るのは素晴らしいことだよね。例えば、僕はスーパで買い物する時は、プラスチックじゃなくて紙のバッグを使うとか、自分のできることはやっているよ。
アリ:それって、水道に何かを流す時に配慮するのと同じくらいシンプルなことだと思うんだ。例えばトイレを使ったあとは普通に水を流すけど、それは習慣としてやっていることで、その行動に対して何も考えてないよね。でも僕は時々すごく考えるんだ、「これはトイレに流さないで、ゴミとして捨てたほうがいいんじゃないか」ってね。だって流したものはリサイクルされて、いつか自分たちの飲む水や料理に使うことになるかもしれないんだよ。あとはエイドリアンが言ったように、僕も買い物する時は自分のバッグを持って行くとか、紙のバッグを使うようにしてる。カリフォルニアではプラスチックのバッグの使用を禁止しているし、ある都市ではプラスチックのストローをなくしている。何事も調整次第だけど、そういったことに気をつけるようにしているよ。
—それでは最後に、お二人にとって成功とはなんですか?
エイドリアン:自分が望むライフスタイルを送ること。シンプルなことのように聞こえるけど、とても深いことなんだ。自分が本当にやりたいこと、どんな人生を送りたいのかわかっていれば、あとはできることを精一杯やるだけ。それが成功だね。お金を儲けるとかではなく、自分の夢に向かって一つずつやるべきことを達成していくんだ。
アリ:成功とは何かと言うと表面的なことに聞こえるから、自分の人生の目的として答えるよ。それは幸せになることだね。エイドリアンが言ったように、自分が幸せになれる人生を自分でアレンジするんだ。それが成功をもたらすと思う。必ずしもお金が成功に繋がるとは限らないし、自分が幸せと思うことを追い求めることが大事。ただ時間をやり過ごすのではなく、今、自分が幸せに感じることをしているのかよく考えてみるといいと思う。
時差ボケと多忙なスケジュールのせいか、少し疲れた様子の二人であったが、質問を尋ねると丁寧に答えてくれた。80年代半ばからトライブというグループで大きな成功を収めたアリと、彼らにインスパイアされて独学で音楽を研究しチャンスを掴んでいったエイドリアン。ユニットを組んでわずか2年だが、二人の間には同じ空気が流れていて、一緒に仕事するのは自然なことだったというのがよく理解できた。心から音楽を愛する彼らが作った曲は、これから先もずっと長い歴史を歩んでいくだろう。
以下はLocal Green フェスティバルで行われたライブレポート。
待ちに待った観客らの声援を受けながら、アリとエイドリアンが登場。「僕たちはThe Midnight Hour。ショーの始まりだ」と言って、アルバム「The Midnight Hour」の1曲目に収録されている「Black Beacon」を披露し、続いて「Redneph in B minor」、「Mission」をプレイ。そして、トライブの名曲「Excursions」をアレンジしたバージョンのイントロが。アリがこの曲をベースで弾くという感動的なシーンに、観客のトライブファンは感慨深さを隠しきれないといった様子だ。
その後、「Better Endeavor」では大きなアフロヘアーが印象的なシンガー、カロリナ(Karolina)が登場。彼女が口でトランペットの音色を真似て吹くと、その音があまりに実音に近く、歓声が沸き起こった。そして、もう一人のシンガー、ローレン・W・オデン(Loren W. Oden)も登場し、二人で「There’s No Greater Love」と「Feel Alive」をしっとりと高音まで力強く歌い上げ、圧倒的な歌唱力を披露。
そしてカロリナがソロで「Smiling For Me」を歌い、「Dans Un Moment D’errance」ではハミングを聴かせた。彼女に大きな拍手が送られる中、エイドリアンとアリはお互いの楽器をスイッチ。「みんな楽しんでるかい?」と声をかけた後、彼がガスランプ・キラー(The Gaslamp Killer)とコラボした曲「Dead Vets」で激しいベースを披露。アリは演奏の間あまり動かず静かに弾くタイプだが、エイドリアンは打って変わってステージのあちこちを動き回りながら激しく弾いている。二人の違いが印象的だった。
続いて、エイドリアンがサントラを手がけた映画「Black Dynamaite」の収録曲である「Shot Me In The Heart」をプレイしだすと、再びローレンがステージに登場し、力強い歌声でソウル魂を見せつけ、観客を虜にさせた。そして、アルバム「Something about April II」(エイドリアンが2015年にリリース)より、「Winter Is Here」をローレンとカロリナの二人で披露。その後、再びアリとエイドリアンは楽器をスイッチし、「Ravens」をプレイ。そして最後の曲「It’s You」ではローレンの素晴らしい歌声を聴かせた。カロリナは再びトランペットの音色を口で真似て演奏し、その横にはトランペッターが並び、二人によるトランペットの大合戦が繰り広げられ、大拍手喝采の中、ライブは幕を閉じた。
ライブ終了後には、メンバーと共に会場内に現れ、多くのファンたちと挨拶したり、写真を撮ったりと交流する二人の姿が。トライブの長年のファンで、ライブを見れて本当に感動したという人々の言葉に、アリは心を打たれた様子だった。