HIGHFLYERSにゆかりのある人物に、自身の心のオアシスとして大切な場所を紹介してもらうコーナー「Rejuvenate(リジュビネイト)」。今回のゲストは、アーティスト/デザイナーの高橋理子さん。着物をはじめ、日本の伝統や職人の技術を受け継ぎながら、既存の枠にとらわれないものづくりを続けてきた彼女は、今年、会社設立20周年という節目を迎えた。
そんな高橋さんが今回紹介するのは、約3年の歳月をかけて完成させた、移動式茶室「DAZZLES(装光庵 第八理子丸)」。もともとの車体に刻まれた歴史や人々の痕跡を残しながら、新たな装飾と価値を加えた一台だ。一見すると相反するデコトラと茶室を融合させたこの作品には、先入観や偏見を揺さぶり、未知のものを柔軟に受け入れるきっかけをつくりたいという、彼女が子どもの頃から抱き続けてきた思いが込められている。高橋さんが「移動する思考空間」とも表現する「装光庵 第八理子丸」が生まれるまでの背景と、そこから広がる新たな構想について話を聞いた。
―約3年前に取材させていただいた時は、ちょうどデコトラを手に入れた頃で、その改造を完成させることを目標とされていました。約2か月前(取材時)に、ようやく完成したそうですね。
そもそも締め切りというものがなかったので、じわじわと進めていたんですが、デコトラの茶室を監修してくださった裏千家正教授の北見宗幸先生に「6月に席開(茶室披露の茶会)をしよう」と言われて。5月頭にようやくここにトラックを運び込んで、最後の1か月で一気に仕上げました。
―改造は、まずどこから着手したのですか?
まずは外装です。バンパーやシートキャリアなどのステンレスパーツを新たに付けたり、車体やフレームも全部塗り直しています。フレームはもともとラメの入った赤で、ボディは黄色でした。荷台の箱は、後ろの扉だけ新品に替えています。茶道口のある側面は、元の絵の上に私のステートメントである「INFINITE POSSIBILITIES BORN FROM FINITE(有限から生まれる無限の可能性)」という文字の形をマスキングしてペイントしました。
―そうだったんですか! 新たに描いたものかと思っていました。
元から側面に大蛇と白虎がそれぞれ描いてあったんです。もちろん、全部を消して新たに描くこともできたんですが、すべてを新しく作ることが最善だとは思っていなかった。このデコトラが積み重ねてきた歴史や、関わってきた人たちの痕跡を、見る人にも想像してもらいたいと思ったんです。
自分の会社を立ち上げて、今年でちょうど20年になります。これまでいろいろな職人さんとものづくりをしてきて、その背景にある技術や、人の存在に思いを巡らせてほしいという気持ちをずっと持ってきました。今回も、すべてを作り替えてしまうのであれば、新しいトラックを買って一から作ればいい。でも、人とのご縁があって手に入れたものなので、前オーナーが残したものを引き継ぎながら、その時間の重なりも感じてもらえるようなデコトラにしたいと思ったんです。


デコトラの側面は、もともと描かれていた大蛇と白虎の絵を生かすため、マスキングを施してペイント。高橋さんがテーマに掲げる「INFINITE POSSIBILITIES BORN FROM FINITE.(有限から生まれる無限の可能性)」と「OVERTURNING FIXED IDEAS AND PROVOKING NEW WAYS OF THINKING.(固定観念を覆し、思いを巡らせるきっかけを生み出す)」いう言葉が描かれている
―もともとあったものが、すごく生きていますね。
普段の制作では、最初に完成形をイメージしたスケッチや図面を描いて、それに基づいて作っていく。最終的な形を明確にしないまま作り始めることは基本的にありません。でも、デコトラについていろいろな話を聞いたり調べたりする中で、そのプロセスに興味が湧いたんです。もともと、港で働くトラックの錆びた部分を隠したり保護したりするためにステンレスを使い始めたのが、デコトラ誕生のきっかけのひとつだそうです。それに、ドライバーが毎月のお給料から「次はここを装飾しよう」「今度はこの電飾をつけよう」と、少しずつ手を加えながら、継ぎ足すような形で作っていたことを知ったんです。
―時間をかけて変化していくんですね。
最近は、仕事で使うトラックではなく趣味で作っている方も多いので、そういう方は完成形を決めてから、専門の工場で一気に作り上げることもあるようです。このデコトラも最初に解体した時、普通では考えられないような仕組みで組み合わさっている部分がたくさんありました。でも、そのプロセスが、私たちが感じるデコトラらしさを生んでいるんだと思うんです。そこには私には知り得ない美学がある。だから今回は、私が完成形を完全に決めてしまわずに、デコトラ専門の整備工場の方と相談しながら、その方の意見を柔軟に取り入れて一緒に作っていきました。
―このデコトラのメインである、茶室についてもお聞きしたいです。茶室を作ろうと思ったきっかけは?
茶室を監修していただいた北見先生とは以前からお付き合いがあったのですが、ちょうどデコトラを手に入れたタイミングでそのことを話したら、茶箱の話が出た。「茶箱を作ったら、デコトラでいろいろなところに行って茶を点てられる」と。それで、北見先生が茶箱のコレクションをたくさん見せてくださったんです。すごく面白くて、貴重な茶道具を拝見しているうちに、そういえばトラックの荷台には箱が載っているという話に。そこから「それを茶室にしたらいいのでは」と盛り上がり、北見先生に茶室の監修をお願いすることになりました。

デコトラの茶室を監修した、裏千家正教授・北見宗幸氏(左)
―いろいろなこだわりが詰まっていそうですね。
一般的なデコトラの運転席には、「金華山」と呼ばれる生地が使われています。新幹線やバスのシート、国会議事堂の椅子などにも使われている、ベルベットのように毛足のある丈夫な織物です。今回はじめてデコトラを作るにあたり、「テキスタイルを専門に学んできた私の能力を生かせるところは金華山しかない」と思い、産地である和歌山の工場にお願いして、私の柄の金華山を織ってもらいました。シートの張り替えや内装の張り込みは、全部自分でやりました。学生時代はバイクに乗っていて、シートの張り替えや、タンクの塗装も自分でやっていたので、やろうと思えば、一人で全部できるかもしれないですね。

シートには、高橋さんがオリジナルでデザインした金華山の生地が張られている
―全部自分でできるって最強ですね。
そうですね。でも、私にとっては、色々な人と関わりながら作り上げることに意味がある。実際には、一人ではできないこともあるし、人との関わりからインスピレーションを得ることも多い。今回、北見先生から「茶室を作ったら、まず席開をしなければいけない」と教えていただき、これが大きな学びのきっかけになりました。
いざ茶会を開くとなって、初めて茶室だけでは何もできないということに気がついたんです。それから、茶道具のことを勉強して、茶碗を焼いたり、茶杓も自分で削って。2本作ったのですが、一本目は練習も兼ねて一般的な形に削ったんですが、もう一本はデコトラの角ばった形をイメージして四角く仕上げました。この茶杓の銘は、「夏のラッセル戻し」です。
―「夏のラッセル戻し」。どういう意味があるんですか?
排雪板のある除雪車のことをラッセル車と言うんですが、その形に似ていることから、デコトラの突き出したバンパーをラッセルと呼ぶんです。その先端が少しだけ逆の方向に戻っているタイプは「ラッセル戻し」。私のデコトラにはラッセル戻しのバンパーがついているんです。それで、デコトラをイメージしながら暑い日に作ったこの茶杓の銘を「夏のラッセル戻し」にしました。茶席では道具やその由来について話す場面があるのですが、「銘は夏のラッセル戻しでございます」って言うと、毎回笑いが起こりました(笑)。それから、この棗(なつめ)は、アイデアを職人さんに伝えて、古い堆朱の棗をリノベーションする形で作ったものです。
*堆朱:朱色の漆を何十層も塗り重ね、その厚い層を彫刻して、美しい模様を浮かび上がらせる伝統的な中国の漆工芸、彫漆


棗、茶杓、茶碗、花入は、すべてオリジナルで制作。茶色の茶杓が、「夏のラッセル戻し」と名付けたもの。写真右の2つの棗は「重景加彩填漆研紋棗」
―触り心地も滑らかで、リノベーションしたものとは全然分からないです。
漆の職人さんも北見先生も、こういう棗は見たことがないから、新しい技法として名前をつけることを提案してくださいました。大学時代に、陶芸や漆芸、金工など、染織以外にも工芸全般を広く学んだ経験が、デコトラを作るというタイミングで活かせるとは思いもよらず。茶の湯には工芸のすべてが詰まっていると、改めて実感しました。
―素晴らしいです。ところで、デコトラの名前は「DAZZLES(装光庵 第八理子丸)」だそうですが、名前の由来や意味について教えてください。
デコトラには、「〇〇丸」とか「〇〇姫」とか、船のような名前をつけることが多い。それで自分の名前に丸をつけて「理子丸」、そして一台目のデコトラだから「第一理子丸」にしようと思っていました。ですが、お仕事でご一緒している九重部屋の九重親方に、「一にこだわらず末広がりの八にしては」と言われて。円と直線で作品を作ってきた私にとって、円2つの組み合わせでできている8は一番好きな数字。しかも、「有限から生まれる無限の可能性」というステートメントにも通じる、横にすると無限の記号にも見える8。そして私は8月生まれなんです。ここまでくると「八」にするしかないと思い始めて。それで名前を「第八理子丸」にしました。
「装光庵」は茶室の名前です。デコトラのイメージから「光を装う」に、走る「走行」の響きもかけて「装光庵」にしました。しかも、北見先生の「宗幸」までかかってるんです。
「DAZZLES」は、この移動式茶室を作るプロジェクト名として名付けました。英語で「目をくらませる」という意味の単語です。「ダズル迷彩」のダズルですね。第一次世界大戦の時に開発された迷彩柄のひとつで、レーダーで距離が測れなくなるというようなものらしいのですが、私が描く柄がそれに似ていると言われたことがあって、「ダズル」という言葉を以前から知っていました。デコトラの電飾が目をくらませるという直接的な意味も重ねつつ、「デコトラと茶室」という目新しい存在や、その人の中に存在しなかったものが、人の認識を揺さぶり、新しい視点や思考を生むきっかけになったらという思いを込めています。
―前にインタビューをさせていただいた時も、ご自身の表現を通して、人が考えるきっかけにつながったらいいとお話しされていましたね。
デコトラと茶室って、一見すると相反するものに思われるかもしれないのですが、実際に作ってみると、私の中ではむしろ共通するものを感じたんです。デコトラは装飾がなくてもトラックとしての機能は果たしますよね。だからある意味、余剰の部分がデコトラの大半を占めている。一方で、侘び寂びと言われるお茶の世界は、必要最低限の削ぎ落とされた静かな美の世界だと思っていました。でも、いざ関わってみると、茶室にも道具にも、もちろん作法にも多くの決まり事があって、その奥深さに圧倒されました。同時に、侘び寂びのイメージからかけ離れた、要素や情報量の多さに、デコトラと通じるものがあると感じたんです。


―面白い考えですね。
私は子どもの頃から、真面目で勉強ができる子やいわゆる不良と呼ばれるような子、障害のある同級生まで、いろいろなタイプの人たちと分け隔てなく仲良くしていました。人を見た目だけで判断して偏見を持ったり、自分の価値観が正しいと思い込むことに違和感があったんです。外見や性別だけで判断されることを私も経験していたので、できるだけ自分はそういうことをしないようにしてきたんです。だから、表面的なことで安易に決めつける人たちに対して、能動的に気がついてもらうために、言葉ではなく行動で示したかった。
中学生の頃、真面目に勉強を始めたら「おとなしい子だから」と一線を引かれたことがあって、髪を急に短く切ったり、父親の服を着て出かけたりすることもありました。バイクに乗っていたこともそうですし、デコトラを欲しかったことにも、たぶん同じ感覚があったからだと思います。見た目と行動にギャップがあったり、一つの枠に収まらずにいることで、レッテルを貼らずに私自身を見てもらえるんじゃないかって。
そういう人がいることを知れば、いろいろな物事を勝手な偏見だけで判断せず、もっと柔軟に受け入れるようになるんじゃないかと、子どもの頃からずっと思って生きてきたんです。だから今回これが出来上がった時に、「これは、私そのものだな」と思いました。自分がずっと考えてきたことを、ようやく分かりやすい形で表現できたような感覚がありました。
―すごいですね。子どもの頃からの思いが、こういう形として現実化したとは。
人から見れば、突拍子もないものを作ったと思われるかもしれません。でも私にとって、デコトラは子どもの頃から好きだったものですし、お茶も日本人にとって身近な文化です。デコトラ業界の人からも、お茶の世界の人からも、「一緒にしないでほしい」と言われるかもしれませんが、この日本で、それぞれの美を追求した先に生まれた文化であると考えれば、デコトラと茶の湯が並んでいても良いのではないかと思うんです。私にとっては、この二つが一緒にあることが自然のように感じます。
ーそのメッセージが、きちんと伝わるといいですね。
これが完成してすぐの頃は、「このデコトラを、多くの人に知ってもらう必要があるんだろうか」と悩んでしまったこともありました。趣味が高じて作り始めたものなので、アート作品というのも違和感があり、人に見せたいかと聞かれても、どこか前向きになれなくて。それに、見た人の反応が「ただ面白い」というだけでいいのかなと。しっかり自分に向き合って、この作品がどういうものなのか言語化する必要があると思ったんです。完璧とはいえませんが、ようやく言葉で説明できるようになった気がします。

―そうだったんですね。
これまでも、「何かを表現したいから、そのために何かを作る」という順番で作品を作ってきたわけではないんです。着物含めて、まず自分の中に「これがいい」「こうしたら面白い」という感覚があって、それを形にしてきました。なので私が作った着物に対して、「かわいい」「着てみたい」「いくらで買えますか」というようなことを言われると、何か違和感があったんです。もちろん、そう感じてもらうことが嫌なわけではないんですが、そういうことのために作っているわけではないという感じもあって。かといって、「では何なのか」と聞かれると、自分でもうまく説明できない。そういう感覚をずっと抱えながら、20年活動してきたように思います。
最近になって、ようやくその理由が少し分かってきました。私たちは同じものを見ていても、受け取り方は人によって違いますよね。それは、その人自身の経験や価値観、固定観念などを通して見ているから。そう考えると、私にとって作品は、何かひとつのメッセージを伝えるためのものというより、見る人の中にすでにあるものを映し出す装置なのかもしれない。作品と出会ったことで、自分が何を自然だと思い、何に違和感を覚え、何を受け入れにくいと感じるのか。そういうことに気づくきっかけをつくることが、私の表現なのだと思うようになりました。
―深いですね。これまでの作品も、そういう視点で見るとつながっていますね。
私が着物を着て仁王立ちをしている写真作品が一番わかりやすいですね。当時は、「仁王立ちなんてはしたない」「女のくせにそんな立ち方をするな」といった批判をかなり受けました。でも、時代が変わった今では「ジェンダーに対する考えを表現しているんですか?」と聞かれるようになった。写真に写っているものは何も変わっていないけれど、受け取られ方は変わっていく。そう考えると、やはり作品は、時代や社会、そして見る人の価値観まで映し出すものなんだということがよくわかります。
私は長い間、自分の作品を既存の言葉できちんと説明しなければいけないと思っていました。でも今は、ひとつの意味に押し込む必要はないと思えるようになりました。むしろ、簡単には理解できないものと出会ったときに、「これは何だろう」「なぜ自分はこう感じるんだろう」と、一度立ち止まって考える。その時間そのものが大切なんじゃないかと思っています。
今回の作品も、物として見れば「デコトラの中に茶室がある」ということに過ぎません。でも、その一見すると結びつかないものが同時に存在することで、見る人の中に何かしらの違和感や問いが生まれる。だから今は、この作品を単に「デコトラと茶室」と説明するのではなく、「移動する思考空間」と呼んでいます。
―実際に、これを運転して行きたいところはありますか?
このデコトラという存在が、世の中に対してどういう影響を与えることができるのか、ようやく自分の中で少しずつ見えてきました。できるだけ多くの人に見てもらい、この茶室でお茶を飲んでもらうために、いろいろなところにお茶を点てに行きたいと思っています。実は今、もう一台作っているんです。外観はほとんどできているので、これから茶室に着手します。

―それにも茶室が入るんですね。
それを20台作りたいと思っています。そして、デコトラミュージアムみたいなものを作りたいんです。そもそも、なぜ次のデコトラを作ろうと思ったかというと、一台目の茶室を作るのが本当に大変で、勉強しても分からないことだらけだったから。その学びをこれで終わりにはできないと思ったんです。茶道具を作ることも続けたいと思っています。
染織のみならず、陶芸や漆芸など、工芸全般を学生時代に学びました。そのすべてが茶の湯には詰まっています。そこに立ち戻ることができたこと、そして、デコトラを通してさまざまな文化や技術を引き継いでいる方々との接点ができたことが嬉しい。人生の新たなフェーズに入ったような気がしています。
―ものづくりは、一生続けられますもんね。
そうですね。一生かかっても学びきれないことだらけですが、だから面白いんですよね。2028年に海外での展覧会を控えているんですが、このデコトラを持っていきたい。実現したら、面白いことになると思います。