観客に思考させる芸術「Noh x Contemporary music」シリーズ、世界プレミア発表会。能x現代アーティストが海外の作曲家と開く古典芸能の新たな扉【イベントレポート】
2018/03/28
能x現代音楽アーティストの青木涼子が主催し、2010年より始めた創作シリーズ「Noh x Contemporary Music」の新作発表会が2017年10月15日と2018年3月4日の2回に渡り、港区芝浦のSHIBAURA HOUSEにて行われた。これは、国際的に活躍する作曲家に、能の「謡」を素材に用いた作品を委嘱するシリーズで、青木は今までに18名の作曲家たちと新しい作品を誕生させてきた。また、ここで実験的に発表された斬新で先進的な作品の数々はヨーロッパやアメリカからも注目を浴び、このシリーズをきっかけに現在は世界各地に招聘されて演奏を続けることも増えたほか、2014年にはコジマ録音よりデビューCD「能x現代音楽」をリリースするなど高い評価を受け続けている。
チケットが申込み開始後すぐ満席になるなど、ますます注目度が増すシリーズはついに5回目を迎えた。今回はスロバキアのイヴァン・ブッファ、スペインのスリーネ・F・ヘレナバレーナの二人の作曲家に依頼。ブッファは、2008年よりQuasar Ensembleで音楽監督を務めるスロバキアを代表するクラシックの音楽家で、スリーネは、映画音楽のオーケストレーションや、劇場、広告、アニメーションなどの作曲を手がけるほか、2013年にはトーキョーワンダーサイトにレジデント・アーティストとして滞在した経験もある作曲家だ。この新作発表会では、ブッファ、ヘレナバレーナと青木のトークショーのあと新作が披露され、続けてQ&Aのセッションが行われた。
ところで、HIGHFLYERSでは、ON COME UPの2017年4月号で青木にインタビューした際、彼女自身がやっていることで、日本や世界が変えられるとしたら、どんなところだと思うかを訊ねたことがある。青木は以下のように答えた。「観客に「思考」させるってことですかね。能の新しいコラボレーションってこういうものだと想像して、私の舞台を観に来られる方は多いと思うんですけど、大体が予想を裏切っていると思います。私はもの凄い才能のある作曲家やアーティストと一緒に長い時間をかけて作品を作るのに、一般のお客さんが想像できる範囲のものしか提示できなかったら面白くないですよね。今は多くの人がエンタメを求めすぎていますが、私がやりたいのはエンタメではなく、もっと実験的なアートです。アートには人の思考を促して、時には世界を変える力があると思います」。その言葉のとおり、青木はわずか60名も入れば満席になってしまうような会場をあえて選び、実験的に作品を発表し、観客に思考させ、感じたことを作り手に直接話してもらう場を設けている。
トークショーでは始めに、このシリーズの経緯を「能の謡には昔から謡本という楽譜がありますが、リズムが決まっている西洋音楽の観点から見ると、大変曖昧に見える。さらに曖昧な部分は師匠との口伝で学んでいくものなので、現代音楽の作曲家が能に切り込んできたことは今までなかった。だからこそ面白いのではないか?というところからこのシリーズが始まっています」と説明し、謡などに触れてこなかった西洋音楽の作曲家たちに理解してもらおうと、ウェブで音源などを公開するなど、コラボレーションに関してできる限りの努力を重ねていることを話した。
二人の作曲家にも謡への感想を聞いた。ブッファは、「現代作曲家は自分で譜面を作り出すことも多いので、非常に楽しみに取り組んだが、実際は決して楽ではなかった」と答えた。ブッファは、数年前に福井県の武生(たけふ)音楽祭に参加して、日本の伝統文化や音楽に触れた。その中で歌人、俳人達が四季についてを多く詠っているのを知り、今作では四季に合わせて4楽章を書くことを決めたという。また、テキストには、正岡子規と西行法師を選び、一つの季節に二人の和歌、俳句を入れ、楽器はピッコロからバスフルートまで4種類のフルートを駆使。第1章は春をイメージしバスフルートを、第3章は秋でフルートを使うなど、楽章を季節ごとに分けてフルートの種類を変えた。ブッファは、「普通のフルートは早い音符を得意とするので、風が吹いたり、木の葉が散ったりと動きがある秋を表現するのに長けていると思った」と季節の特徴を楽器の特性を生かして表現していることをも具体的に明かした。
日本に滞在した経験もあり、日本文化にはもともと造詣があったスリーネは楽器にチェロを使い、歌詞は伊勢物語から選んで楽曲を制作。「今回の作品作りは、今までの研究の延長上にある気もした。自分のなかに蓄積していた日本文化を少しだけ取り入れて、私からも新しい提案ができればと思って取り組みました」と話し、能に関しては、「舞台そのものは非常に奥深く、ある瞬間にフォーカスして、それが成長してディテールがより深く表現されるというものを感じた」と述べた。和歌を選んだ理由に対しては、「歌詞に美しさがあって可能性を秘めているものを選びたかった。他人同士が出会い別れる。昼と夜、光と闇が重なり合うことで可能性がどんどん広がっていくようなものを選びました」と語った。
トークショーを終えると、ようやく新作の演奏が始まった。静まり返った会場の中で、バスフルートの音色が響きわたる。イヴァン・ブッファの作曲、タイトルは「春夏秋冬/The Four Seasons」。フルート奏者の増本竜士が4本のフルートを自在に操り、ドラマティックな音を奏で、そこに青木が正岡子規と西行の四季の和歌を交互に重ねていく。続いて演奏されたスリーネ・F・ヘレナバレーナ作曲の「夜/Yoru」は、竹本聖子のチェロの音色と青木の謡による作品。歌詞は、伊勢物語にある「君や来し 我や行きけむ おもほえず 夢か現か ねてかさめてか」の一節のみで、文字や文節を行ったり来たりしながら、謡の声音とチェロの弦音が近づいたり離れたりしながら、じわじわと最後の一文字まで辿り着く。ヨーロッパの作曲家、日本の伝統芸能、フルートの響き、チェロの音色に対する既存のイメージが全て覆されるような斬新なインパクトがどちらの曲にもあり、譜面があることを忘れさせるほど、まるでジャズのインプロビゼーションを聴かされているかのような気分になった。時間的感覚も失ったような、どの時代にも存在し得なかったような、今まで全く聴いたこともない新しい超現代的な音楽な気もするし、全てがクラシックという土台の上に成立している気もしてくる。一見大きく道を外れてまるで宇宙の方へ放り出されたように感じる瞬間があったが、心地悪さや拒絶を感じなかったのはそれぞれが古典という軸をしっかり持っているからかもしれないと思った。
演奏を聴いた2人の作曲家は大満足の様子で、その後のQ&Aでは、フルートとチェロの演奏家にも観客から多くの質問が及んだ。
演奏後の青木は、「2人の作曲家は中堅の世代ですが、すぐにコンサートをやれるくらいのしっかりしたものを書いてきてたくれたので、とてもやりがいがありました。世界初演に作曲家が立ち会うので、リハーサルで一緒に作り上げられるのはすごくプラス。私に対する指示が的確で、いいアドバイスをくれて、ゴールに近づいていけるのが良いと思う」と大変満足した様子だった。
ちなみにこの企画は、港区によるがオリンピックに向けての新しい助成金ができて、文化プログラム連携事業が始まったことで再開することができた。 また、このシリーズは「beyond2020プログラム」というオリンピック参加プログラムにもなっているほか、野村財団の助成金とスペイン大使館からの後援をいただいてもあって行われたものである。今後もこの実験的プロジェクトは継続していく予定だ。これからも青木の活躍と未知のコラボレーションに大いに期待したい。
Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka