長嶋りかこ個展「産び(むすび)」絶賛開催中。アニッシュ・カプーアへのオマージュを元診療所跡で再構築したインスタレーション【レポート】

2018/02/18

2018年2月4日より、東京・三軒茶屋のギャラリー「clinic (クリニック)」にて長嶋りかこのインスタレーションを展示した個展「産び(むすび)」を開催している。

長嶋は、昨年10月に表参道のEYE OF GYREで行われたアニッシュ・カプーアの個展「コンセプト・オブ・ハピネス アニッシュ・カプーアの崩壊概論」でアートディレクションを担当した。その際カプーアへのオマージュとして、会場の吹き抜け部分にインスタレーション《HUMAN_NATURE》を制作し展示したのだが、この展示は、旧診療所跡を改装した建物という新たな環境に寄り添わせて当時の作品を再構築したものである。ちなみに《HUMAN_NATURE》とは、「都市の価値や事象と自然の価値や事象の間にあるもの」を様々なかたちで提示していこうと、長嶋が2011年にスタートさせたプロジェクト。HIGHFLYERSでは以前、ON COME UPにて長嶋にインタビューした際に詳しく伺っている。詳細はこちらから。

さて、カプーアへのオマージュである今回の個展のタイトルは「産び(むすび)」だが、作品の背景には以下のような長嶋の思いがある。

“カプーアが謳う両義性を女性である私が謳うならば、そのリアリティは母体にありました。生と死が同居する自分自身と、もうひとつ自分自身の中に他者のそれがあることを体験する女性は、無数にいます。古来から人々は万物を生み成す「産び(むすび)」の神々に、生命の連続を祈りました。しかし長い命の鎖の中で、喜びと悲しみ/善と悪に苛まれ祈った女性達もまた、無数にいたのでしょう。ここにあるのは、産ばれなかった無数の見えない結び目たちへの祈りのかたち、「むす+こ」たちであり「むす+め」たちです”

長嶋りかこと作品

長嶋がオマージュしたアニッシュ・カプーアは、インドのムンバイ出身で現在ロンドン在住の現代美術界を代表する世界的アーティスト。2012年に構造デザイナーのセシル・バルモンドとロンドンオリンピックの記念モニュメントの設計を担当し、15年にはヴェルサイユ宮殿で個展を開催。また、2013年に東日本大震災の被災地支援プロジェクト「アーク・ノヴァ」で、バルーン型移動式コンサートホールを磯崎新と設計したことが日本でも注目され、昨年はアーク・ノヴァを六本木アートナイトと同時期に東京でも初公開したことが話題になった。

六本木アートナイト期間中、東京ミッドタウンの芝生広場に設置された移動式コンサートホール「ARK NOVA」(C)六本木アートナイト

「カプーアは、相反する意を内包させる「両義性の作家」と言われています。しかし、どこか熱り立つように破壊し創造するようなエネルギーを感じるからでしょうか、私には彼の示す両義性にどこか男性性を感じており、私は「両義性」というものを、日本で生まれ育ち女性として生きる者としてのリアリティに落とし込みたかった」と長嶋が話すように、カプーアの両義性に男性という性をみた彼女が、母体が命を宿し育む場所である子宮の中に自身の「両義性」を見出しオマージュとして表現したものだ。

「生と死が同居する自分自身と、もうひとつ自分自身の中に他者のそれがあることを体験する母体。しかも子宮は、たとえ本人もしくは相手が望むと望まざるとに関わらず、命を育む可能性があります。しかし子宮に対し思考は、善が何であり悪が何であるのかを考え、人間の命を生かしもすれば殺しもする。その意味でも生と死が圧倒的なリアリティを持って実在するのが、母体です。善悪を超えた自然の現象の神秘を体感しているにも関わらず、人間がホモサピエンスとしてものを考え神話を持つようになってから、善と悪に苛まれた女性は無数に居るのでしょう」と長嶋。

以前、長嶋はHIGHFLYERSのインタビューで「女性らしさとは?」という質問に対し、

「(前略)生物的な特徴ゆえに現れる「らしさ」という視点で答えるならば、女性は“感じ取るものや受けとめることが多い生き物”のような気がします。体の生理的なリズムや、種を受けとめ子を産むという生物的な特徴からなのだと思いますが、「自然」と「女性」には親和性がありますよね。水もそうですけど、かたちを固めて主張するのではなく、変容しながら受けとめて育む、そんなイメージです」と答えている。

では「人間らしさとは?」に対しては、「生きとし生けるもの全ては自然のままに従うといずれ「死」に向かいますけど、それに抗うから生きている。だから「人間らしさ」とは、抗う気持ち、抗う意思、抗う力が寝そべった体から立ち上がることであり、抗い続ける意思なのかなと思います。無意識がつまった自然物である体を、意識的に自然に抗って行動し続けるのが人間なのかもしれないです」と話した。

今気になっていることは、「ヒトやモノ、自然の命の循環」という長嶋。今回の会場が、三軒茶屋の元診療所跡であり、隣は若者が多く集まる人気のコーヒーショップ「ブルーボトルコーヒー」というローケーションなのもユニークで印象的だ。隣のコーヒーショップのカフェからも、ガラス越しに庭のインスタレーションが覗けるのも面白い。前回のEYE OF GYREとは全く異なる雰囲気を持った会場で開催するに至った経緯について「想像させる物語も含めて鑑賞してもらえるような場所で、もっと丁寧に伝えたいという気持ちもあり、友人の長坂常氏が改装したギャラリースペースが元診療所だと知り、この空間に決めた 」と話す。「人々が、結び目や赤い色や長い管から想起するその全てのことは、それぞれの人生で見てきた何かや自分自身に起こってきた何かと結びつき、その人だけの読後感が産まれるのだと思うのですが、元診療所という環境に人々が想起することが、さらに想像を紡いでいくことを期待しています」とも。

カタチにならないカタチを結び続けたものを別の環境に置くことでまたカタチが変わる。長嶋のインスタレーションは、目に見えないようで身近に必ず存在する得体の知れない何かが、その姿を変幻自在に変えながら、元診療所のコンクリートの壁に囲まれた室内から純和風の土でできた庭をボーダレスに自由に泳いでいるかのように映る。それは観るものの性、もしくは過去の経験、無意識に自分の肉体あるいは精神に潜む何かとリンクして、受け手それぞれの持つ両義性をあらわに露呈する瞬間かもしれない。 展示は2月25日まで絶賛開催中。

Text: Kaya Takatsuna/Photo: Atsuko Tanaka

 

長嶋りかこ個展「産び(むすび)」

会期 :2018年2月4日(日)〜2月25日(日)
休廊日 :月・火・水
開廊時間 :12:00−19:00
観覧料:無料
会場 :clinic (世田谷区三軒茶屋1-33-18) ※ブルーボトルコーヒーの建物の真裏