特別展示「伊勢物語のかがやきー鉄心斎文庫の世界—」が絶賛開催中。国文学研究資料館館長のロバート キャンベルが語る「伊勢物語」の魅力とは 【レポート】

2017/11/01

東京・立川にある 国文学研究資料館にて、2017年10月11日より特別展示「伊勢物語のかがやき-鉄心斎文庫の世界-」が始まった。国文学研究資料館とは、日本文学に関する資料の調査・収集を通して研究基盤の整備をし、それらを国内外の利用者に提供するほか、展示・講演会等を通じて社会への還元等を行う国立調査研究機関。過去40余年間に蓄積された調査カードはのべ43万点にも及び、それらの情報は多くの文化事業に活用されており、世界でも類を見ない規模の情報を保有する貴重な研究機関として国際的に高い評価を受けている。

今回公開された「鉄心斎文庫」とは、品川区三和テッキ株式会社の社長であった故芦澤新二が夫人の美佐子とともに40年の歳月と情熱をかけて収集した「伊勢物語」のコレクションのことで、平成27年度に国文学資料館へ寄贈された約千点ものコレクションの中から優品約80点を選び展示したものである。

左:天愛不息―芦澤新二を偲ぶ― 右の4つ:「伊勢物語のかがやき—鉄心斎文庫の世界—」展示の模様

開催初日は、まず展示室前にて、国文学研究資料館准教授の小山順子司会のもと、国文学研究資料館館長のロバート キャンベル(2017年4月に就任)、関西大学教授・国文学研究資料館客員教授の山本登朗による挨拶が行われた。挨拶に立った山本は、「 伊勢物語の魅力を一言で言うのはなかなか難しいけれど、あえて言うならば逸脱する精神、決まった姿から飛び出してしまうことだと思う。現在の日本は道を外れるのがしんどい社会になっているからこそ、伊勢物語の価値は特に若い人にもあるのではないか。ちょっとくらい外れてもいいんじゃないか、と言うことをアピールできる機会になれば」と述べ、故芦澤新二と夫人については、「40年前からの付き合いなので、この展示が実現したことは感無量。芦澤さんはいろいろ事情があり、山梨から京都の夜間中学をお出になったが、その頃に伊勢物語に出会い大変心を奪われた方。お金があって本を集めたのではなく、調査をするためにコレクションをした大変珍しいケース」と話した。その後、東京都知事・小池百合子からの祝電が読まれた後、テープカットが行われ、華々しく展示がスタートした。

左から時計回りに:ロバート・キャンベル、山本登朗、キャンベルら含む関係者たち、テープカットの模様

キャンベルは、自身が思う伊勢物語の魅力をこう話す。「伊勢物語とは、権力の中心から上に昇っていけなかった人の話。中の下くらいの公家であった在原業平が主人公に擬せられています。公家社会を飛び出して阻害されながらも自分の思いを遂げ、人との関わり、愛情や恋愛、つまり「性愛」を通じて人と関わり合い、自分の生きている手応えをしっかりと晩年まで作っていった人物。彼は9世紀の人物ですが、日本人は鎌倉時代から伊勢物語に取り憑かれるように熱い目線を向け、いろんな解釈をしてその度に業平は生まれ変わっています。 パッションと能力があっても世の中に認められない、「自分らしさ」を発揮できない人がいつの時代にも存在するのは、ひとつの日本文化の特徴だと思う。つまり伊勢物語は富、栄誉を極められず成功しなかった、とてもリアルな人間の物語なんです」。

ロバート・キャンベル

また、業平の人となりを見事に表している作品の一つとして、キャンベルは展示作品の中から「業平涅槃図」を挙げた。在原業平がブッダのような涅槃になっているわけだが、その周りにいるのは全員女性。女中、公家、吉原や島原の遊女もいれば、老婆もいて全員が泣いている。さらにそのまわりには動物もいるが、それらは全てメスだという。「業平涅槃図」は女性に囲まれて亡くなっていく業平を描いた、業平の生き様を表現した傑作だ。「業平は女性から求められれば断らない人。中には彼に思いを寄せたおばあさんもいるんですけれど、一つの人間のあり方としてその思いにもちゃんと応えている。だからこの絵には凄く感動するんです」。これを描いたのも18世紀初めの女性絵師・山崎龍女だという。

「業平涅槃図」・国文学研究資料館蔵・CC BY-SA

今回の展示には、AR技術を使い伊勢物語を鑑賞するという「古典AR」というユニークな試みも行われている。これはスマートフォンやタブレットに専用のアプリをインストールし、作品の前にカメラを向けてスキャンすると、デジタルギャラリースコープ(単眼鏡)を通して大きな屏風に描かれた数多くの絵図を解説付きで手元で再現できるというもの。また、「嵯峨本」伊勢物語と「奈良絵本」伊勢物語の挿絵全49図を4Kモニタで鑑賞でき、全ては現代語訳とピーター・マクミラン氏よる英訳(PENGUIN CLASSICS“The Tale of Ise”)、そしてAI コンピューターによる音読が付いている。来場者がスマートフォンやタブレットを持ちながら、館内を歩き回って古典を鑑賞する様子は、非常に興味深く斬新な光景だった。

専用のアプリをインストールしたiPadで、展示の屏風をスキャンすると絵図の解説が画面に出てくる

展示は12月16日まで開催中で、今後は国文学研究資料館を一般に浸透させていくために、ギャラリートークや「古典の日」講演会、「オペラ業平」など様々なイベントが予定されている。「人や空間に触れていただき、創作の種火を見つけてもらいたい。 まずは知っていただく、ということが非常に重要。他では見られない実物がここにいっぱいあります」とキャンベル。

ちなみにキャンベルは東大教授を退き、今年4月に国文学資料館館長に就任した。就任を決意した理由について、「今が一番いい時期だと思った」と話す。「私たちが保有していながら研究者以外のコミュニティにほとんど活用されないままの無尽蔵の日本の言語文化、精神文化の資源というものを外へ発信していかなければならないと思いました。正直、まだ東大にもやることがたくさんあったし、抱えている学生もいたので悩みましたが、2020年は東京オリンピックもあるし、若い人や海外の人達が少しづつ関心を向けてくれるようになってきた今、 「クールジャパン」じゃなくて、「ジャパンてそもそも何者ぞ」というところで日本が日本として世界と関わり渡りあっていくためには、今始めるべきだと思ったんです」と語った。

日本のコンテンツで一般的に知られているものは、明治時代から150年に渡ってずっと同じような素材を繰り返し使っている感があり、実は誰もまだ広く知られていない物語や注釈、パロディなどが、その何十倍も何百倍も存在しているという。

国文学研究資料館については、「約50年前から地道に何十万点というタイトルの作品を集め、写真を撮ってカルテを作るということを続けているのは世界でも珍しい。一カ国、一つの言語圏の全ての書物を一網打尽に写真で全部記録し、タグ付けをし、自在に検索できるようにして、それを元に共同研究ができるように世界に仕掛けることは、正しいことだしずっとやり続けないといけない」と述べた。

国文学研究資料館で働く研究員たち。資料の研究、アーカイブ化、作品の手入れなどを日々行なっている

国文学研究資料館は、文学に特化した図書館も併設されており、簡単な手続きで一般人もすぐ利用できるし、 定期的に講座も開講しているので、まずは足を運んで本物に触れて楽しんでいただきたい。

 

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka

 

ギャラリートーク(事前申込不要)

*当館教員が、展示資料の解説を行います。

場所:国文学研究資料館1階展示室

日程・担当講師:

平成29年11月2日(木)11時30分~12時15分 小山順子

平成29年12月7日(木)11時30分~12時15分 恋田知子

古典の日講演会(要申込)

日時:平成29年11月3日(金・祝)

13:30~16:00(開場:12:30)

場所:イイノホール (東京都千代田区内幸町2-1-1)

聴講無料 事前申込 先着450名

主 催:国文学研究資料館

「古典の日」は、古典が我が国の文化において重要な位置を占め、優れた価値を有していることに鑑み、国民が広く古典に親しむことを目的として、平成24年3月に法制化されました。11月1日に定められたのは、我が国の代表的な古典作品である『源氏物語』の成立に関して、最も古い記述が寛弘五年(1008)11月1日であるためです。

日本古典文学の文献資料収集と研究を主事業とする国文学研究資料館も、「古典の日」の趣旨に賛同し、平成24年度から記念の講演会を催しております。古典に親しむ絶好の機会として、大勢の方にお出でいただくことを願っております。

講演内容:

1.「伊勢物語を英訳すること―その挑戦と醍醐味」講師:ピーター J マクミラン

2.「伊勢物語と平安貴族の生活」講師:山本 登朗

講師紹介:

■ピーター J マクミラン(翻訳家)

アイルランド生まれ、日本に在住して約30年になる。2016年にペンギン・クラシックスから『伊勢物語』の英訳“The Tales of Ise”を刊行する。近著に『英語で読む 百人一首』(文春文庫、2017年)がある。

■山本 登朗( 平安時代文学/関西大学教授・国文学研究資料館客員教授)

『伊勢物語』を中心として、平安時代文学の研究を行う。著書『伊勢物語論-文体・主題・享受』(笠間書院、2001年)、『絵で読む伊勢物語』(和泉書院、2016年)、『伊勢物語の生成と展開』(笠間書院、2017年)の他、多くの共著書・編著書がある。

申込方法:事前申込 先着450名

往復ハガキまたはE-mailに ①氏名(フリガナ)、②郵便番号、③住所、④電話番号をご記入のうえ、期日までにお申し込みください。なお、お申し込みは、お一人様1回限りとさせていただきます。また、同時に複数名でのお申し込みは受け付けられませんのでご了承ください。

【ハガキの場合】(往復ハガキでお送りください)

宛先:〒190-0014 東京都立川市緑町10-3

宛名:国文学研究資料館「古典の日」講演会係

【E-mail の場合】 宛先:event@nijl.ac.jp

件名:平成29年度「古典の日」講演会(氏名)

申込締切日:平成29年10月 27日(金)ハガキの場合当日消印有効 ※ただし、定員に達し次第締め切らせていただきます。

当選者の発表について:

【ハガキの場合】受講の可否を返信ハガキにてお知らせいたします。当選者には受講票としてお送りいたしますので、当日必ずお持ちください。

【E-mailの場合】受講の可否を返信メールにてお知らせいたします。当選者には、受講者番号等をお送りいたしますので、当日受付にてメールを印刷したもの、または画面をご提示ください。

※この申し込みを通じて得た個人情報は、連絡業務のみに使用させていただきます。

※自然災害により交通機関等への影響が予想される場合は、講演会を中止することがあります。

オペラ業平

日時:平成29年11月9日(木) 14:00~、19:00~ (いずれも開場は30分前から)

場所:国分寺市立いずみホール

料金:5,000円(前売り4,500円、65歳以上4,000円、学生3,000円)全席自由

チケット申込:t-music@ac.auone-net.jp

問い合わせ:武智音楽事務所、担当武智070-6550-1376