最終目標は世界平和。禅とマインドフルネスの和合をはかり、世界の人々がより良く生きるための智恵を伝え続ける

2021/08/19

精神科医であり、禅僧という二つの肩書きを持つ川野泰周氏が先月、新刊『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』を出した。コロナ禍において、大きな心の葛藤や脳の疲れを抱えている人々に、心のセルフケア習慣を持って幸せな人生を歩んでもらうための「心の疲れの取扱説明書」としてこの本を書いたと言う。

禅僧として、檀務とともに坐禅会を定期的に開催したり、ビジネスパーソンに向けては大手企業でメンタルヘルス向上のための社員研修を担当したりと、マインドフルネスを通して、より良い生き方を知ってほしいと積極的な普及活動を行っている川野氏、ビーイング(Be Classics)とビルボードジャパン主催のマインドフルネスとクラシック音楽のコンサート「Premium Mindfulness Classics」では案内人役を務めるそうだ(*緊急事態宣言により延期が決定。日程は未定)。

HIGHFLYERSは川野氏をインタビューし、新刊の趣旨や現代の人々が抱える象徴的な問題について、また、マインドフルネスな生き方や、「Premium Mindfulness Classics」の楽しみ方、チャンスや成功についてなどを聞いた。

音楽と心は共鳴する。コンサートでは、マインドフルに、心のピュアな部分で音楽を聴くために、目的を全部手放して聴いてもらいたい

―川野先生は、精神科医であり禅僧であるという、とてもユニークな肩書きをお持ちですが、まずはお医者さんでいらしたんですよね?バックグラウンドについて少しお話し頂けますか?

私はこのお寺の一人息子として生まれ、将来お寺を継いで護っていくという強い意思が小さい頃からありました。そして高校3年の時に父親が病気で他界してしまい、私がお寺を継ぐべき時が来たことを自覚したのと同時に、「坐禅や瞑想というものが人の心にどのような影響を与えるのかを究明したい」という思いがこみ上げてきました。それを知らずに禅僧になることは、自分にとって迷いを抱えたまま生きてゆくことであると、当時の私は勝手に思い込んでいたんですね。そこでまずは精神医学の道を目指そうと考え、医学部に進学させていただきました。お医者さんになりたくて医学部に入ったわけではないのですが、そのような変わった考えの持ち主は同級生を見渡しても私くらいしかいませんでした。

―なるほど、そうだったのですね。

そして内部進学で医学部を志望し、24歳で卒業してから2年間の臨床研修を経て、26歳で精神科医になりましたが、勉強すればするほど臨床を知らないと何もわからないということに気づき、近隣のお寺さんや、檀家総代の皆さまにお願いをして、もう少し専門的に学ばせてくださいとお願いをしました。そうした方々のご理解と支援のおかげで、専門医や精神保健指定医といった精神科の専門資格を取得するまでの計6年間を、医業に専念させていただくことができました。そして30歳になった年の春、ようやく仏教の道に入門させていただいたのです。

―3年半かけて鎌倉の大本山建長寺で修行を積んだそうですが、どのような体験をされて、どんな気づきがあったかなど教えていただけますか?

それまで医者として、多忙ではありますが物にもお金にも不自由しない、恵まれた生活を送っていましたが、突然お金もクレジットカードも携帯電話も手放して、不便極まりない環境で暮らすことになりました。禅の修行道場のことを「僧堂」といいますが、僧堂の中では雑音やニュース、ネット情報といった情報が皆無で、外界から脳に入力される刺激が極端に少なくなるので、入門当初の私は考え事ばかりして常にソワソワしていました。1日に何時間も広い坐禅堂で、他の修行僧と一緒に坐禅をするのですが、ピクリとでも動いたら、バシンと警策(けいさく)で叩かれますし、緊張の連続でした。また、夜になると禅堂の外の回廊などに座って「夜坐(やざ)」という名の自主的な坐禅を数時間します。その時には医者時代に診療していた患者さんのことや、大好きだった音楽、それにワインのことなど(笑)、色々な考えごとが頭をよぎり、いかに人間は考えっぱなしの生き物であるかを痛感しました。

―現在は、禅とマインドフルネスの和合をはかり、幸せな人生を送る智恵を教えるために活動されていらっしゃるのですよね。具体的にはどのような活動をされているのか教えていただけますか?

具体的に「これを何としてもやっていきたい」と考えていることは実はあまりないんです。むしろその時々に合わせて、一番良い形でマインドフルネスを伝えられる方法にコミットしていきたいと思っています。でもその根底にある目標は明確です。ひとつはマインドフルネスという言葉を使っても使わなくても、今という時間を大切に過ごして、様々なストレスから解放される時間を多くの人に持ってもらいたいということ。それによって、自然に互いを思いやることができるようになるということです。そして私の最終的な目標は、世界平和です。けれど私のような立場の人間が最初からそればかり主張してしまうと、宗教色を強く感じて抵抗を感じる方が少なくないので、日ごろはあまり言わないようにしています。ですが心の奥底では、それを実現するためだったら何でもやっていくというような、それこそ「臨機応変」のスタンスが自分の座右の銘になっています。

―その時々に応じて、必要とされることに対応していく感じでしょうか。

私のホームページも書いてあることですが、「マインドフルネス is the Way of Life」 という、生き方のスタンス自体をマインドフルにすることを大事にしていて、この瞑想をやらなきゃいけないとか、これよりこっちの方が優れてるというようなことではなく、生き方のスタンスをマインドフルに保つことができれば、どんな取り組み方でもいいんですよ、というメッセージを伝えていきたいと思います。

―では、先月出版された新刊『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』について、出すことになったきっかけと、本の趣旨について教えて頂けますか?

きっかけは、この本を出したクロスメディアパブリッシングさんの小早川社長さんから、今のコロナ禍の時代、情報過多社会の人たちは疲労とどう向き合ったらいいかについて伝える本を作りたいというお話をいただき、そこには日本の禅やマインドフルネスの智恵が必ずや活きてくるはずだということで、ビジネスパーソンに限らず、現代を生きる全ての人にわかりやすい言葉で伝えようということになりました。意図的に「マインドフルネス」や「アウェアネス」「禅」という言葉や、「自己肯定感」というような流行りの言葉もなるべく使わず伝えるようにしました。流行りの言葉は人によって捉え方が違ったりしますし、国を超えてコンセンサスが得られていなかったりします。将来的には海外に向けた訳本を出版したいという想いもあり、皆さんに共通の認識を持ってもらえるように、どの言語圏の人にも理解してもらえる形で伝えることを意識しました。

―自分にも当てはまる問題がたくさんあって、自分の脳や心がどのような状況にあるのかに気づけたことがとても良かったです。中でも特に多くの方が抱えている現代的な問題を挙げるとしたら何になりますか?

情報過多、マルチタスク疲労というのは、現代を生きる限り避けて通れないのではないでしょうか。

―同時にいろんなことをこなせるって、聖徳太子ではないですけど、以前はすごいことのように思っていたのですが、脳には良くないことなんですよね。

聖徳太子はその昔、法隆寺に籠って仏教瞑想を極めたとされていますから、客観的に場所や人の関係、自分のあり方を見る能力である「アウェアネス」が非常に高かったのではないかと思います。他の言い方をするならば、最近よく使われる「メタ認知」の能力が高い、つまり自らを客観視する力を備えた方だったようです。本当に10人の話が手に取るようにわかったかどうかは不明ですが、おそらく色々なことに同時に注意を配ることができたという例えなのだと思います。もちろん、私たち俗人にはそんな芸当はなかなかできません。それなのに色々な悩み事や世の中にあふれる情報を、抱えるだけ抱えてしまうから疲弊してしまうのです。もし聖徳太子のような能力を持つことができるのなら、そもそも脳疲労は起こらなくなると思います。

―川野先生は、精神科医だからこそわかることもあるでしょうし、禅僧として見た禅的な考え方と両方から捉えられていて本当に素晴らしいですね。

今は、精神科や心療内科の先生方もマインドフルネスを学ぶ機会を求めている時代ですし、日本マインドフルネス学会をはじめ、マインドフルネスに関する研究が国内でも盛んになってきています。やはりどんな精神科医にとっても、人の心を根本から治すということは大きな目標というか、願いなのではないでしょうか。今までのスタンダードな精神科治療というのは、薬剤を投与することで心の状態を一時的に調整して、本人の苦しみを和らげるといったものが主体でした。心や脳というものは、実は非常に「可塑性」があって変化に富んでおり、何らかの外的な働きかけによってその構造も性質も変化させることができるのだと、近年の研究で解明されつつあります。ではどのようにして良い状態へと変化させていくのかという観点に立った時、医師が投与する薬剤でも、病院が提供してくれる療養環境でもない、ご本人が自らに与えることのできる治療手段として瞑想を活用しようと。つまり、自らの取り組みによって自らの心と脳をより健やかな状態へと導くことができる、そんな初めてのメソッドがマインドフルネスなのです。徹底的に自分で自分を救済するという手法です。実はこのスタンスは、とても仏教的であり禅的な考え方なのです。

―本に書かれていたことで、欧米には、仏教徒とは自認していないけれど、仏教的な習慣を持った「ナイトスタンド・ブディスト」と呼ばれる人たちが多いというのが面白いなと思いました。禅的な考えがこれほど世界的に広まったのはなぜなのでしょう?

きっかけを作られたのは、鎌倉にある臨済宗の大本山円覚寺で修行し、禅を学問として学びながら欧米各国を回って禅を伝え続けた鈴木大拙(だいせつ)居士だと思います。また曹洞宗では鈴木俊隆老師という方が活躍されました。昭和の中頃、50代で渡米して禅センターを作り、その生き様を通して多くの海外の人たちに禅を伝えられたのです。生前の著書『禅マインド ビギナーズ・マインド』はスティーブ・ジョブスの座右の一冊になってるくらいですし、世界のトップエリートと言われる人たちが、この方々から影響を受けてきました。欧米では「二人の鈴木」と呼ばれているそうです。やはり IT 企業が、どんどんと情報過多の状態になっていって、自分と向き合うことの必要性に気づき始めた頃に、こうした方々によって禅の精神が世界に発信されたということで、一気に注目が集まったのではないでしょうか。

―そうなのですね。では、川野先生がこれまでたくさんの方々を診てこられて、印象深く残った出来事はありますか?

たくさんあります。マインドフルネスを診療の中で紹介させていただくようになって、それまでの臨床経験では得られなかったような、沢山の気づきの体験がありました。それを喜びと言ってしまっていいのかは分かりませんが、患者さんが変化していくんです。その変化は薬物療法や、診断書を発行することでお仕事を休んで自宅療養をしていただくといった、従来のうつ病の治療だけでは得られない変化であると感じています。私自身が「こんなに人間の心って可能性を秘めていて、驚くべき自己回復力を持っているんだ」ということを患者さんから教えていただきました。お一人お一人の実例を挙げればきりがないのですが、まとめて申し上げるのであれば、自ら日々瞑想を習慣化することによって、自分自身への肯定感が全く変わっていきます。それは自分で自らの心の状態を少しでも良くすることができたという自信によるところが大きいのではないかと思います。

―瞑想を習慣化することによって、自分自身の肯定感が増えるんですね。

マインドフルネスの実践によって自己肯定感が沸いていくということは、自分を大事にする気持ちが生まれてくるということを意味します。そしてそれが今度はだんだんと他の人に向けて発露されていくのです。それまで自分の症状や苦痛を和らげたいという思いで精一杯だった患者さんが、マインドフルネスを続けて変化していく中で、だんだんと他の人たちに恩返しをしたいという気持ちに変化していくわけです。時には、もともとストレスの根源だとご本人が思っていた相手が、学びや感謝の対象になったりもしました。そんなことは他の治療では滅多に起こらない心の現象です。

―では、『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』をどんな方に読んで欲しいですか?

疲れている人に読んでほしいというのはタイトル通り当たり前のことですが、疲れていることにすら気づけない人が多いということが、昨今大きな課題になりつつあります。ですから、疲れを感じているか否かにかかわらず、「より良く生きたい」と思っている全ての方にお届けしたいと思っています。本の内容は医学的な話はちょっと難しいところもありますが、一番お伝えしたかった要点を理解することは中学生ぐらいからできると思います。中高生など若い世代の方にこのような理論を知っておいていただくと、将来社会に出て色々なことで追い込まれてしまった時などに、この理論に即して自ら検討し、行動を選択することができると思います。そして、ご自身が最も大切にしていきたい人生の目標を明らかにし、それにフィットする生き方を選択できるようになるといいなと思っています。

―ところで、先生は睡眠の専門家でもあるそうですが、睡眠の研究をされているということですか?具体的にはどのようなことを?

私は睡眠医学の専門医ではないですし、臨床研究に主体的に関与はしていないため研究をしているとまでは言えませんが、睡眠を専門とするクリニックで副院長として、睡眠障害を持つ多くの方の治療に携わっています。受診される患者さんで一番多いのは「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」を発症された方たちです。多くは睡眠中に気道が閉塞することによる低酸素状態が原因の疾患ですから、睡眠関連疾患の中でも内科寄りの疾患であり、主に呼吸器内科をはじめとする内科系の先生方が担当されています。ではなぜ睡眠クリニックで内科の先生方に混じって、私のような精神科医がいるのかと言うと、メンタルの要因によって睡眠に問題を抱えている人が少なくないからです。

―最近わかってきた睡眠にまつわることで、面白い発見はありましたか?

私が研究したわけではなく、世の中の研究が進んできてわかってきたことですが、睡眠の必要量は人それぞれ大きく異なるということです。7時間寝ればいいという俗説がありますが、これは正確な表現とは言えません。5時間でいい人もいるし、8時間半寝ないと寝不足になってしまう人もいます。私のいるクリニックに日中の眠気を訴えて受診される方は大変多いのですが、中でも「7時間寝てるのに疲れや眠気が取れないから、自分は過眠症なのではないか?」といったご相談が数多く寄せられています。ところが本当の過眠症は非常に稀な病気であり、いくら睡眠クリニックだからといって受診される皆さんが過眠症ということはあり得ません。最も多いのは、ご自身にとっての必要睡眠時間を知らないために、足りていると思っていたはずの睡眠が、実は何年も不足し続けていたというパターンなのです。そこで私はそうした人たちにまず、「騙されたと思って睡眠時間を30分でも1時間でもいいので延ばしてください」と言います。大切なのは土日の2日間だけそれをするのではなく、必ず毎日、少なくとも2週間は続けるということです。すると、2週間後には笑顔で外来にいらっしゃって、「10日間経ったくらいからガラッと楽になって、全然眠気がなくなりました」という方がたくさんおられます。

―光とメラトニンの関係の話もなるほどと思いました。

メラトニンは基本的に夜のあいだ分泌される神経伝達物質、つまり「脳内ホルモン」の一種で、私たちの心身の状態を「お休みモード」にしてくれる物質です。その分泌をどこかで止めてあげることで、「活動モード」に切り替わり、体が覚醒していくわけです。そしてこのメラトニンの分泌を止める刺激として最適なのが太陽光なんですね。だから私は、睡眠リズムが乱れている人に対して必ず、「朝起きたら真っ先にカーテンを開けてください」とアドバイスしています。太陽の強い光が部屋に入ることによって、その刺激が網膜から視神経を通って、脳内の松果体というメラトニンを産生する部位に伝わり、その分泌がストップするんですね。そしてその約15時間後(正確には14時間~16時間後とされる)に、自動的にメラトニンが分泌されます。これはサーカディアンリズム(概日リズム)と言われる身体のメカニズムによるものです。

―毎日同じ時間に起きるのは大事だと良く聞いていましたが、それが脳のメラトニンの自動分泌と関係があることを知れて、より納得できました。他に何かありますか?

もう一つ光に関して興味深い現象も明らかになっています。精神医学では冬になるとテンションが落ちてしまってうつ状態になる、「冬季うつ病」という疾患があるのですが、その予防として、「高照度光療法」といって、強い光を照射するための電気スタンドのような器具を使用して、日照時間が短くなる、秋も深まる時期から毎朝光を浴びてもらうことで、冬にうつになることを予防できるんです。睡眠リズムだけでなく、光と心というものも繋がってるということがよく分かりますよね。古代エジプトでは太陽神ラーの信仰が重んじられていましたし、インドの伝統的なヨーガでは太陽礼拝という一連のポーズ(アーサナ)の流れを大切にしてきました。人間が太陽の恩恵を受けて生きてきたことへの感謝の念のあらわれなのではないでしょうか。そしてその恩恵は医学的に見ても確かに存在すると分かってきたことは非常に面白い事だと感じています。

―良いお話をありがとうございます。それでは今月末に開催される予定だった(緊急事態宣言により延期)マインドフルネスとクラシック音楽のコンサートについてお伺いできますか?

私たちが日頃音楽を聴く時というのは、ちょっと気分転換したいからとか、流行りの曲をチェックしておきたいとか、色々な目的を持って聴くわけです。でも、本当にマインドフルに、心のピュアな部分で音楽を聴くために、目的を全部手放して聴いてもらいたいというのが、今回の催しのコンセプトです。実は私、もともとクラシックもジャズもポップスも大好きで、バンド活動をしていたこともあり、音楽の魅力を現代人の心のケアとして活用したいという想いを昔から抱いていました。そういう機会を作るには、演奏家をはじめとする音楽のプロの皆さんと、マインドフルネスの専門家の皆さんが知恵を出し合うことが必要だな、と考えていたところ、主催のラッセル・マインドフルネス・エンターテイメント社さんから提案していただき、私がマインドフルネスの監修をさせていただくことになりました。大変光栄なことと感じています。

―どのような内容になるのでしょうか?

色々な要素を盛り込んで楽しんでいただきたいと考えており、その一部だけご紹介できればと思うのですが、あるパートでは同じ一つの曲を2回聴いてもらいます。曲名はまだ言えませんけれども、よく音楽療法でも使われる曲です。1回目はいつものクラシックコンサートや、普段音楽を聴いているのと同じように楽しんでいただいて、2回目は心の中で感じる変化や心の中を観察していただきたいと思っています。構成はどの曲も非常にシンプルで、ピアノとバイオリンのお二人に演奏していただきます。私はガイド(案内人)という形で、気持ちをどういう風に持っていき、心の在り方をどういう風にして聴いていただくかについて、曲間に説明や提案をさせていただきたいと思っています。

―とても楽しみです。中には来たくても来れない方もいらっしゃると思いますので、そのような方たちのために、何か普段家でマインドフルネスを体験できることを教えていただけますか?

歩く瞑想、食べる瞑想、お風呂で身体を温める瞑想など、生活上行なっている行為は全てが瞑想になる可能性を秘めています。大切なことは、今ここで体験しているその行為やそれにともなう感覚に注意を向け、感じたことをあるがままに受け入れること。それだけ満たしていれば全てが瞑想と言っても過言ではありません。今回は、音楽に関連して実践できる方法もお勧めしたいと思います。できればゆったりと座って、呼吸に意識を向ける瞑想(呼吸瞑想)を2-3分ほどやっていただいた後に、何か音楽を流して、その音楽によってどう心が反応するかを観察していただくという方法です。やり方としては「三段階分析」と言って、「思考」と「感情」と、「体の感覚」を順番に観察していきます。思考が先に出るか、感情が出るか、もしくは体の感覚を最初に感じるのか、その順番にはこだわりません。そうして三段階、別々のレイヤー(層)で自らが今ここで感じていることを分けて観察することによって、自分の状態を客観視できるようになるのです。そうすると、ただ「いいな」とか、「面白い」「気持ちいい」「疲れた」と感じるだけでなく、より詳細に自らを観察する状態になります。自分なりに今の自分自身の状態に気づいている、「アウェアな状態」になるので、まさにマインドフルネスを体現することができている状態と言えるでしょう。

―それでは、HIGHFLYERSでいつも皆さんにお聞きしていることをお伺いしたいです。川野先生にとってチャンスとはなんだと思いますか?

私にとってのチャンスとは一瞬、一瞬の全ての瞬間だと思っています。一生涯の全ての瞬間がチャンスであって、そこから汲み取るものがあるかどうかは、その人の捉え方、汲み取る力によって変わってくるのではないでしょうか。私は若い頃、チャンスを待ちに待ってひたすら耐え忍ぶ経験をしたこともありました。例えば医学部の勉強なら「24歳で医師国家試験に受からなければいけない」とか、バンドなら「このライブで最高のパフォーマンスで歌わなきゃいけない」とか、陸上競技なら「この100 メートル 走で絶対にベストタイムを出す!」というように、その一瞬のために日頃から最大の努力を続ける意識を持っていましたが、だんだんと本当に強い人というのは、常にその瞬間を楽しんでる人だなと思うようになっていきました。

―それでは成功とは?

私は、成功は世の中が作り出すものだと思います。成功と失敗という二項対立の考え方をすること自体がマインドレス(マインドフルの逆)な姿勢になってしまうということです。あらゆる体験が実は捉えようによっては大成功だし、人によっては大失敗になる。つまり人の心の在り方によって、同じ体験も180度変わり得るものですから、私たちが日ごろ使っている「成功」という言葉は周りの人が見て、「あの人って成功した人だよね」という評価や価値判断を下したということに過ぎないのではないでしょうか。最も大切なのは、自らがその体験を成功・失敗ということよりも、自分の糧として振り返ることができるかどうかなのではないかと思います。その意味において、私は今までの人生、全部成功したと思っています。医者の道のみを歩んだとしたら今こうしてマインドフルネスに関わることはなかったかもしれませんし、お寺の息子として生まれ、禅の修行の実体験があったからこそできていることも少なくないと実感しています。少なくとも自分の心の中ではそう思って生きていけた方が素敵だなと思っています。

―最後に、今後の夢や実現したいことを教えてください。

個人的なことで言えば、私と私の周りにいる人たちが幸せに、笑顔で生きていける、そういう場所で最後まで「生き切りたい」と思っています。私は高校時代に父を47歳で亡くしていますから、自分に対しても他者に対しても、人間の命はいつ終わるか分からないという気持ちが常にあります。それは時として、恐怖にも不安にも、絶望にもつながる考えかもしれません。しかし仏教ではその答えとして、まずは自らが日々の一瞬一瞬を大切に生きていく、そして他者に向けて優しさを与え、人生を楽しむことを教えてくれています。そして私の最終目標はプライベートなことだけでなく、世界が平和になるために何かしらに関わって、人と人とが思いやりを持って生きるためのメッセージを発信していきたいと考えています。これからもそのための色々なチャンスが巡ってくると思いますから、その機会をキャッチできるように日々備えたいと思います。それに、そもそも全ての瞬間がチャンスですから、今日思い立ったことはすぐに取り組み始めるという気概をもって、積極的に活動していきたいと思っています。

 

Text & Photo: Atsuko Tanaka

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