世界中からファンが集う岩手県一関市の伝説のジャズ喫茶「ベイシー」がついに映画化!異業種の監督が5年間撮り続けた150時間の記録ドキュメンタリー【インタビュー】

2020/09/15

新型コロナウイルスの影響で公開延期となっていた映画「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩」が2020年9月18日(金)より、ついに劇場公開となる。この作品は、1971年にオープンした岩手県一関市の伝説のジャズ喫茶「ベイシー」と、その名物マスター・菅原正二の日々を綴ったドキュメンタリーで、菅原が50年に渡ってこだわり続けた唯一無二の音や、ジャズな生き様をありのままに捉えた記録的作品。 カウント・ベイシー、マイルス・デイビス、セロニアス・モンクなど、菅原のかける名だたるプレイヤーたちのレコードを、アナログ録音の伝説的名器「ナグラ」で生収録することで、極上の音だけでなく、ベイシーの空気感をも再現している。

今作が初監督作品という星野哲也が監督を務め、ゲストには、渡辺貞夫、エルヴィン・ジョーンズ、小澤征爾、鈴木京香、安藤忠雄など豪華な文化人やミュージシャン、女優が華やかに名を連ねる。実は星野、普段は飲食業界に身を置き、白金のバー「ガランス」や三宿の焼肉店「ケニア」を経営しているのだが、そんな星野を虜にし、異分野に飛び込んででも記録に残したいと思わせたベイシーと菅原の魅力とは一体何なのだろうか。監督の愛と情熱の結晶ともいうべきドキュメンタリー完成を記念して、ハイフライヤーズは星野監督に様々なことを伺った。

信頼したものにとことん惚れ込み、音を磨いていく。「良いものを使えばいい音が出る」という概念を覆された、マスターの独特な発想と根っからの優しさ

―映画の公開おめでとうございます。ところで、星野監督は普段は飲食店のオーナーをされていますが、なぜこの映画を監督することになったのでしょうか?

飲食業の神様がチャンスをくれたんです。もともと監督をやろうと考えていたわけでは全くなかったんですけど、どうしてもベイシーを後世に残したいという想いがあって。マスターも高齢だし、そろそろ引退を考えているような噂を聞いた時に、これは絶対に残しておかないといけないと。じゃあ誰がやるっていう話になった時に、僕がやる気を出したんですよ。後々大変なことになりましたけど。

―ベイシーのマスターとはどういう繋がりがあったんですか?

僕は昔からかなりのオーディオマニアだったんです。小学校高学年の頃、「何でこの機械でこんな音が出るんだろう」とか、好奇心を持って以来レコードもずっと好きで。当時から購読していた雑誌「ステレオサウンド」のJBL特集に、菅原正二さんが出ていて、すごい人だなぁってずっと憧れていたんですね。その後、僕が働いていた広尾の店が渡辺貞夫さんの依頼でケータリングの仕事を請け負った時に、カウント・ベイシーが来て、観客として菅原さんも来たわけです。僕は「ステレオサウンド」を毎日鞄に入れていたから、渡辺貞夫さんの奥さんが、「この人、憧れてるんですよ」って本人に言って、紹介してくれたんです。

―その時のことは覚えてますか?

もちろん憶えてますけど、何を喋ったかははっきり憶えてないんです。でも、「君、今度うちにいらっしゃい」と言われたので、図々しくも1997年のジョン・コルトレーンのトリビュートの時に岩手の一ノ関までベイシーを訪ねました。

岩手県一関市にある、伝説のジャズ喫茶「ベイシー」 (C)「ジャズ喫茶ベイシー」フィルムパートナーズ

―どうでした?最初に行ったベイシーは。

それはもう、こんな所あるのかっていう。それでまた運が良かったんですけど、始まる3、4時間前に着いちゃって、お土産に大きなタルトタタンを持っていったんで、パイ生地の状態が悪くなってきて落としたりしたら目も当てられない、と思って、ケーキだけ先にベイシーに届けようと思って訪ねたんですね。そうしたら菅原さんは優しいから、ニコーっとして、「おお、よく来たね〜」なんて言って、菅原テーブルっていう席に案内してくれて歓待を受けたんです。始まるまでそこにいました。

―それは良かったですね。それからベイシーはかなり頻繁に行かれてたんですか?

月一くらいは行ってました。撮影に入ってからはもっと行ってましたね。

―そこまでベイシーに行きたくなる魅力って何ですか?

距離的なことで言うと、新幹線で行けばそんなに遠くないんですよね。それに、行くまでの時間がいいんですよね。時差がなくなるっていうか、岩手の時差にすーっと合わせられるというか。東京にいるとセコセコ動かないといけないけど、新幹線に乗ってぼーっとして崎陽軒のシウマイ弁当でも食べて、お酒はなるべく飲まないようにしてね。

―ジャズ喫茶は色々ありますけど、ベイシーは他と何が違いますか?

やっぱりここだけは特別ですね。不思議でしょうがないけど、やっぱり考え方かな、全部ひっくり返されたっていうかね。いいものを使えばいい音が出るっていう発想じゃないところなんだよね。それに普通ジャズ喫茶って言うと、JBLのスピーカーに、アンプはマッキントッシュを入れて、とかで、ブランドを統一してる所ってないんですけど、あそこは全部JBLなんですよ。

―映画の中でもJBLのアンプありきでスピーカーを選んでるという話をされてましたね。

そう、でも普通は入れ替えたりするんですよ。マスター曰く、「操を通してる」って言うんだけど、いい音にするためにいろんなものを持ってくるという発想じゃないんですよね。スピーカーコードをつけたら音が良くなるとか、そういうことではなく、信頼したものを信じて、自分の力であそこまで音を磨いていくっていうか。それがこの人は普通じゃないなって感じます。だって、本当に土を掘ってアースを埋めてるって言ってたから。「これが本物のアースだ、これが地球だよ」って(笑)。

―(笑)。菅原さんご自身の人間的魅力はどういうところですか?

根っから優しいところかな。本物ってこういう人なんだろうなって。僕なんか座ってコーヒー飲んでるだけで見透かされてそうで嫌なんだよね。

ベイシーの店内。奥のテーブルにマスターの姿 (C)「ジャズ喫茶ベイシー」フィルムパートナーズ

―映画化したいという話は、菅原さんに監督ご自身からされたんですか?

「何とか撮らせてください」って、土下座はしないけど、そのくらいの気持ちでお願いしました。そうしたら「わしゃ、知らん」って言われましたね。それは菅原さんなりの優しさで、俺は一切関与しないから勝手にやれっていうこと。でも、だから逆に何も手伝ってくれなかったっていうのはある(笑)。しょうがないから勝手にアルバムを引っ張り出して、そこで写真撮ったりとかしましたね。普通は、「この写真あるぞ」とか言ってくれるらしいんだけど(笑)。徹底して下駄を履かさず、ドキュメントに徹していたように感じました。

―普段マスターがずっと生活しているところに入り込んで、そのままの生活を撮り続けたのですか?

そうですね。ただ僕は、マスターがどういう学歴でとか、家族はどうでっていうのは、もちろん知ってるけど興味はないです。サングラスをかけて、髪をバッとキメて、ちょっとおしゃれして、マスターになる瞬間しか今回は撮ってないつもりですし、そこを撮りたかった。

―でも、そこしか映してないのに人間味が伝わってきて、それが凄かったと思います。

最初は、カメラを持って何かごしゃごしゃやっていたら、みんなが「またあいつ何かやってる」みたいな空気になって、菅原さんもカメラを意識してたんだけど、ずっとやり続けていたら、日が経てば経つほど僕はオブジェみたいになっていって、誰も気づかなくなった(笑)。面白かったですね。

―そう考えたら5年ですもんね。

でも、バカにされていたと思いますよ。またあいつやってんなぁって。商売はちょこっとうまくいってんのか、カメラが好きでこういうことやりたがるんだよな、みたいなことを言われてたと思う。でも、バカになるしかない。バカになった方がみんな気にしないからいいんだって。

―映画の中で、「ジャズ喫茶は勝ち目がない。それでもジャズ喫茶がなくならないのは、ジャズがしぶといから」という話をしていますが、監督もそう思います?

勝ち目がないっていうのは商売べースのことだと思うんですけどね。ベイシーだって一日数人しか来ない日ももちろんあるだろうし。わんさか儲かってるっていうジャズ喫茶は見たことないですしね。ただ、あの映画にも出てきたDUG(ダグ)は本当に儲かったってご本人が言ってたぐらいだから、確かにジャズブームっていうのはあったんですよね。

―村上“ポンタ”秀一さんが、若者の耳がおかしいっていう話をしてるんですけど、それについてはどう思いますか?

そう思います。簡単に言うと、嘘くさい音が流れてるんじゃないかと。

―携帯とかで聴くのが普通になってしまってるからですかね?

生音っていうのは、いろんなものが反響して聴こえるものだし、昔のレコードも、ブースに一人ずつ入って後で音を合わせたものじゃないんで、その場で楽器をバーっと吹けば、それが太鼓の皮まで振動したりする。それって人間は本能的にわかるものなんですけど、それが一切なくて、一個一個音のパーツが合わせてカルテットになってるものとかは、ちょっと不自然だなって感じたりしますよね。

―それってどうしたらいいんですかね?

それはそれ、これはこれ、だから別に考えた方がいいんじゃないですかね。例えばここでドラムをドコドコ叩いたら振動まで感じるけど、その音をヘッドホンで聴いても振動が来るわけない。音響測定の結果がいいから いいホールとは限らないですが、僕は人間って頭で補正して聞こえない音を作っていると思うんですよ。簡単に言えば、「ういっす」とか言っても「おはようございます」に聞こえるみたいな。難聴の人が少ないと言われるのは、頭で実際に無い音を作るから。蓄音機で聴くとわかるんだけど、300ヘルツ以下の音は本当は入ってないけど、ティンパニーがどーんと聴こえるんです。多分それは頭の中で作ってるんだと思います。

―今作品の音も素晴らしいですが、あれはどうやって録ったんですか?

本当に素晴らしい宝物のような録音機材とマイクを持ち込んで、録音部がベイシーでかけてるレコードの音、スピーカーから出てきた音を、そのまんま頑張って録りました。発情したんですよ(笑)、録音部。

―この音も含め、出来上がった作品はマスターはご覧になりました?

観たんじゃないかな。感想は聞いてないです。まあ試写会で一緒にいたんですけどね。「今日は良しということにしておこう」って言ってました。

―この映画はどんな方に観て頂きたいですか?

若い人です。ジャズ好きとか関係なく、とにかくせっかくこういう面白いカルチャーがあるんだから、この扉を開けて欲しい。今まではジャズって得体の知れない音楽みたいになっていたけど、ちょこっとでも興味を持ってみたら、こんなに面白いものはないと思うんです。

―ところで、ベイシーはコロナの期間はどうなっていたかご存知ですか?

ベイシーは3月からずっと閉まっていて、マスターに何をやってるんですか?って聞いたら、「今ね、静寂だよ」って。今までドンパチやりすぎたってちょっと反省してるって言ってました。「じゃあレコードかけてないんですか」って聞いたら、実は一日一枚だけ、自分のためにかけると言ってました。朝起きると、そのレコードがパッと浮かぶそうです。言ってみれば、今までお客さんの反応に合わせて、レコードを演奏するようにかけていた人だから、自分のためにかける時間て珍しいんだなって。そのレコードをリストにして欲しいって言ったんですけど、はぐらかされました。

―今はもうオープンしたんですか?

まだやってないですね。

―オープンしたらまた行かなきゃですね。

でも僕なんかより、女性に行って欲しいです。昔はミュージシャンでもあったので、道場みたいになるより華やかな雰囲気が好きなんです。それに、この映画を上映することで全国のジャズ喫茶が盛り上がれば、マスターも喜んでくれるはずです。

―では、監督にとってチャンスとは何ですか?

諦めなかったら、いつかチャンスの芽があるっていうことです。僕、諦めなかったんですよ、5年間。これだけ映画がクローズしていく中、奇跡だって言われてますからね。でも実は、チャンスなんかなくて、たまたまなのかもしれないですけどね。

―5年間監督を諦めさせなかったものとは?

これが不思議ですよね、本当に。いつか完成するってずっとぼんやり思ってたんです。多分菅原さんの仲間達、特に菅原さんの盟友の伊藤八十八さんは、どうも天国から手伝ってくれてた気がする。それがチャンスと言えばチャンスかもしれない。そういう特別な力が働いたのか、要するに僕は操り人形みたいなもので、上からやらされていたように感じた時もありましたね。

―監督にとって成功とは何ですか?

また見ぬものでもありますが、きっと成功とは人の力を借りられることだと思います。

―最後に、これから挑戦したいことはありますか?

ないですね(笑)。飲食店が今すごく大変だから、今はそんなこと考えてないし、その先のことは何も考えられない。ただ耐えます。

 

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka

 

「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」

918日(金)よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

監督:星野哲也 編集:田口拓也 エグゼクティブプロデューサー:亀山千広 プロデューサー:宮川朋之 古郡真也

出演:菅原正二、島地勝彦、厚木繁伸、村上“ポンタ”秀一、坂田明、ペーター・ブロッツマン、阿部薫、中平穂積、安藤吉英、磯貝建文、小澤征爾、豊嶋泰嗣、中村誠一、安藤忠雄、鈴木京香、エルヴィン・ジョーンズ、渡辺貞夫(登場順)ほかジャズな人々

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