陶芸作家・五味謙二の陶展が西麻布「桃居」で開催。日々の思考や生きざまの記憶を形にし、作品の中に生きた痕跡を残す【インタビュー】

2020/06/27

陶芸作家・五味謙二の陶展が、6月26日より西麻布のギャラリー「桃居」で始まった。「挑発するオブジェと器」をテーマに作られた、130点もの個性あふれる作品がギャラリーの空間を彩る。外出自粛の影響下、五味は、開催ぎりぎりまで展示が行われるかどうか不確かなまま疑心暗鬼の中で制作を続けてきたと言う。それでも、作品を常に作り続けることは生活の代替となっているため、あまり影響はなかったが、作った以上は多くの人に見てもらいたいという希望を持ちつつ制作を続けたそうだ。

土器の発掘で有名な出身地の長野県茅野市で、自然と小さい頃から土器に囲まれてきた影響も、唯一無二の五味の作品に少しだけ見て取れる。そんな五味は昨年、日本最大級と言われる日本陶芸展大賞・桂宮賜杯も受賞した。また、茅野市縄文ふるさと大使に任命され、大好きな故郷の魅力を多くの人に伝えている。

現在、笠間焼の産地として知られる茨城県笠間市にて制作する傍ら、次世代の陶芸家の人材育成を行う、茨城県立笠間陶芸大学校にて特命教授を務める五味。自分の為に、陶芸とどう関わっていくかを理解するために制作しているので、作るもので何かを変えていこうという気持ちは五味に一切ない。ただ、そういう自身の陶芸に対する姿勢が、これから陶芸家を目指す人たちを少しでも勇気づけられたら嬉しいと言う。

HIGHFLYERSでは、40代のこれから、引き続き成長を実感しながら、初期の情熱をどう自分の集大成に繋げていくかに集中し、独立独歩でいきたいと言う五味に、今回の個展のこと、途切れることのない向上心、もはや切っては切れないラジオとの関係などについて話を聞き、純粋な心でまっすぐ陶芸と向き合う五味の魅力に迫った。

自分の作品を、他人にわかってもらおうとするのは贅沢でわがままなこと。それを陶芸というベールに包んで、ひっそりやるのが上品

―今回の個展のテーマ、そしてどういう想いを持って制作されたのかを教えてください。

ギャラリー「桃居」のオーナーの広瀬さんから、「挑発するオブジェと器の展示」というテーマでお願いしたいというご提案を頂きまして、そのテーマを僕なりの考え方と切り口を用いて、器という形の中で質感や形で表現しました。挑発と言うと大げかもしれないですが、見る人に何かを投げかけて、「…ん?」と思わせるようなものを作りたいという想いで制作しました。

―作品のインスピレーションはどういうところから受けますか?

手を動かしてできてくる形からどんどんインスピレーションを受けて、そこから進化させていきます。あと、僕の出身地の長野県茅野市は土器が発掘されることで有名なのですが、そういう古いものや、摩耗した珊瑚、ちょっと角の取れたシーグラスや流木など、経年変化や時間の経過を感じられるものに昔から魅力を感じていて、それが作品に影響していますね。そういうものと陶芸って相性がいいんです。粘土は柔らかいから、そういう形が現しやすく、焼くことによって変化が生まれるんです。

茨城県笠間市にある五味の工房にて。制作する様子

―土器と言えば、五味さんは茅野市縄文ふるさと大使をされていますよね?子供の頃から土器に魅力を感じていらっしゃったんですか?

祖父が畑で見つけた土器のかけらを集めていたのですが、それが置いてある部屋の風景が、幼少期の一番古い記憶として鮮明に残っています。モチーフにはしていないのですが、土器が持つ形が好きで、何かを作る時にそれが出てくるんです。多分、人知を超える、一方通行の時間の流れに存在していたものに価値を感じるんだと思います。ふるさと大使のお話は去年頂いたんですけど、陶芸の業界には縄文時代の土器のようなものに興味がある人が多いので、その人たちに茅野市の紹介をしています。僕自身、ああいう地に生まれていなかったら、陶芸に魅力を感じていなかったと思うので、とても恩を感じていて、こういった形で返すことができて光栄に思っています。

―今回の展示の紹介文に、あるラジオの番組で「全ての人に受けるものは下品だ」「経済効率を優先するものは下品だ」と言っていたのを聞いて、五味さんは、「だとしたら自分の作品は上品なのではないかと思った」とありましたね。

はい。僕はいつもラジオを聴きながら制作するんですけど、一番大好きな「東京ポッド許可局」という番組で、パーソナリティーのサンキュータツオさんが言っていたのがとても印象に残ったんです。僕の作品って、今日出来上がったものなのにもう既にどこか古臭いし、見た目の地味さから共感は得にくいんですが、これこそが僕の作りたいものなんです。わかってくれる人たちだけに向けて作っているので「全ての人に受けるものは下品だ」という言葉はとても励みになりました。こんなご時世に、成功するかもわからないこんなものに8か月も費やして作ってるんですから、それこそ経済効率とは逆行してますよね。自分が作らなかったら今後こういうものは世の中に出てこないという想いで続けてるんですけど、ふと「何でこんなもの作ってるんだろう?」と思うことがあって。ものを作る以上は他者の承認を得なくてはと思いますが、それでも自分しか作れないものを作りたい。自分のものと言えるもので、他人にわかってもらおうとするのは、贅沢でわがままなことだと思います。それを直接言わずに、陶芸というベールに包んでひっそりやるというのが上品だと思うんです。

―自分がやっていることが正しいということを再確認できる大切な言葉だったんですね。ラジオが大好きだそうですが、どういうところに魅力を感じるんですか?好きな番組を教えてください。

ラジオって、人となりが一番見えるメディアだと思うんです。ラジオで嘘つく人はいないんですよ。この人本音で話してるなというのが伝わってくるし、ラジオで話してる人も、ラジオのリスナーは騙せないと思ってると思うんです。文章も作家やライターの本音が透けて見えて、癖からその人の人柄が透けて見えるじゃないですか。ものもそうです。作り手の人柄や趣向が見えるものが好きなんですよね。ラジオはその人たちの素が出る「作品」の様なものだと思っていて、僕が陶芸家としてやってる小規模なものづくりと似てるし、アプローチの仕方とすごく近いメディアだと思います。僕が陶芸に向き合うのと同じ姿勢で、ラジオでしかできないことに真剣に取り組んでいて、そういうところに共感するんじゃないですかね。一番好きな番組は「東京ポッド許可局」ですが、「中川家DAYS」や「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」、「オードリーのオールナイトニッポン」などたくさんありますよ。パーソナリティーの人達の人柄が出るところが好きなんです。

ー制作中に音楽を聴くことはないんですか?

音楽は記憶に残っちゃうじゃないですか。制作が辛い時期に聴いた曲を聴くと、その時の感情などが呼び起こされるので、鬱屈した記憶が蘇ったりするとすごく嫌な気持ちになっちゃうんですよね。その点ラジオは記憶に留まらず常に時間と共に流れているので記憶と結びつかないし、自分の気持ちを言語化してくれるように感じて。もうラジオを聴きたいんだか、制作したいんだかわからなくなるくらい、僕にとっては陶芸とラジオがセットになっていますね(笑)。どうしても制作に気が乗らない時でも、ラジオが聴きたい一心で工房に足を運ぶこともあります。そういう意味ではラジオに助けられたことも多々ありました。どうしても作りたくない時でも、ラジオが聴きたくて工房に行って、ただ聴きながら寝袋に包まって寝ちゃうんですけど、それも僕は制作の一環だと思うんです。粘土に触りたくないけど、工房に足を運んで悶々とするというのも必要なプロセスの一つだと。

―うまくいかない時でも、ほんの少しでいいから向き合っていくことでエネルギーを閉ざさないということですね。ところで、大学時代は早稲田大学で人間科学を専攻されたそうですが、なぜそこから陶芸家への道を歩まれたのですか?

高校時代、真剣にバスケの選手を目指してたんですけど、怪我で挫折したことで、パーソナルトレーナーになりたいと思ってました。大学を卒業したら、本場のアメリカで勉強しようと思っていて、いざ大学に入ってみたもののつまらなかったので、何か新しいことを始めようと、アイディア探しに新宿の紀伊国屋に行ったんです。とにかくたくさんの本があったので、ここで何も見つからなかったら、俺のやりたいことはもう地球上には存在しないと思って(笑)。下の階から順に見ていっても、グッとくるものが全くなくて、一番上の階の一番奥の角に到達したところで陶芸の本を見て、その時初めて惹かれたんです。もともと縄文土器を見て育ってるので、妙に腑に落ちるものがあったんですよね。その後、すぐに陶芸教室の体験に行ってみたら楽しすぎて、これを仕事にできたらいいなと思いました。

―そう思って本当にできてしまうのがすごいですね。陶芸家になるために大切な要素は何だと思いますか?

高校時代、バスケの練習に熱心に取り組んでた時にわかったことなんですけど、本人の才能とは関係なく、練習すればするほどうまくなることってありますよね。陶芸もそうだと思うんです。打ち込んだ分だけ絶対裏切らない、努力が報われる世界だと思います。ただ、アイディアやセンスが出ちゃう人と出ない人がいます。素で出ちゃう人と、それを見て出す人は全くの別物です。僕らの目で見たら一発でわかります。素で出ちゃう人の方が格段に上ですよ。見て出す人は、オリジネーターには絶対に勝てません。自分の中から出てこなかったものは続けていけないんです。逆に素で出てきたものは、同じものを何度作っても上達と共に形が変わっていくので、とにかく作っていくことが大切なんです。ピカソだって、一つの絵を何百回も塗りつぶして、嘆いてロジカルに何度も何度も描き直してたじゃないですか。最終的に完成した絵は、最初に描いたラフスケッチや、その行程にある何百枚の絵と全く違うものですよね。それが僕にとってのカッコいいもの作りの姿勢です。

―五味さんが今やっている作風、手法にはどういう経緯で行きついたのですか?

形に関しては、土の柔らかさをどういう形にしたら可視化できるのかとかを考えて作っています。何かが上に乗っている形はずっと好きで作り続けていますね。自分の好きな輪郭線で空間を閉じたいという想いが強くあるので、上に開いているものは居心地が悪くて蓋をしたくなるんです。ただ蓋をするのでも、カサカサの質感との境目に流れる釉薬の質感を混在させて成立させるということも好んでやり続けてます。あと、破綻のない輪郭線はすごく大事にしていますね。先程、時間の流れを感じさせるものが好きという話をしましたが、ある意味、陶芸ってそれを強制的に形にすることができるんです。科学的な変化を窯の中で起こし、ものが錆びたり腐食したりする酸化作用を人為的に行っていきます。それは、無理やり一方通行の時間の流れを経過させているという捉え方もできるのかもしれません。逆にそうでなくては、なんで陶芸をやっているのか説明がつかないですね。僕は焼くことが一番好きなんですが、どうやって焼こうか考えたり、いろいろ仕掛けを使って、時間をかけてものに変化を与えていく作業が好きということに繋がるのではないかと思います。研究を重ねて編み出してきた特殊な焼き方をするんですけど、まずどう焼きたいかが先に来て、そしてその焼き方をするにはこの形じゃなきゃダメだとか、それには窯の中にこう置かないとダメだからこういう形にしなくちゃということを考えていくうちに形ができていくんです。

―そういうロジックで焼き物をしている人は他にいないと思います。では、五味さんのこれからの夢を教えてください。

死ぬまで陶芸を続けていくことですね。そのモチベーションを保つためには、日々の制作の中で新しい発見をしていかなくてはいけません。今手がけている制作を維持するというだけでも、相当なエネルギーと純粋な眼差しを陶芸に向けていないとできないですが、自分の制作の中に常にヒントを見つけて次に繋げていくことを大事に続けていきたいです。そしてなんと言っても、僕の死後も作品だけは残っていって欲しいです。小さい頃に、母がスティーブ・マックイーンの「大脱走」を観て、「この人死んじゃったけど、作品が残るっていいよね」とふと言ったのが今でも心に残っています。たまに「なんで陶芸やってるんだろう?」と思う時、僕が死んでも作品は残るんだって思うと、すごいことしてるんだって思えるんですよね。僕の日々の思考とか生きざまの記憶を形に残せられる仕事ってそうはないですよね。これは、生きるだけでは物足りない、生きた痕跡を残したいという僕のわがままです。

―それだけ真剣に生きることに向き合っているということですね。それでは最後に、五味さんにとって成功とはなんですか?

時を超えて残るものは、石と焼き物だけと言われているんです。自分の人生よりもっと長いスパンで考えて、僕が死んで何百年後、何千年後に僕の作品を見て、今の時代に思いを巡らせてくれる未来人がいたらいいですね。何でこんなもの作ったんだろうとか、「2000年代やべえ」とか(笑) 。僕らが縄文時代に発掘された土器を見て、当時の人達がどういう想いでこれを作ったのかとか想いを馳せるように、僕の作品が出てきた時に同じように想いを巡らせてもらえたら成功だと思います。

Interview & Text: Minori Yoshikawa Photo: Minori Yoshikawa & Atsuko Tanaka

五味謙二 陶展
2020年6月26日(金)~6月30日(火)

桃居
住所:東京都港区西麻布2-25-13  電話:03-3797-4494
営業時間:11:00~19:00(最終日は17:00まで)

http://www.toukyo.com/index.html