写真家・西野壮平の作品展「東海道」が、三越コンテンポギャラリーで開催。時速4キロで歩きながら写真におさめた東海道53宿の今と、その間にあるもの

2020/03/15

西野壮平の作品展「東海道」が4月1日から日本橋三越本店のコンテンポギャラリーで開催される。西野の「Diorama Map」シリーズの作品を一度目にすれば、緻密なプロセスから成り立つ壮大な都市の姿が記憶に刻まれることだろう。大阪芸術大学在学中から撮り始めたというDiorama Mapシリーズでは、彼はこれまでにサンフランシスコやエルサレム、アムステルダムやニューデリー、ヨハネスブルグなど、世界の都市を自らの足で歩き、見た街の情景や人々を写真に収め、何百万枚もなる写真をコラージュして作品を作り上げてきた。

「Diorama Map」サンフランシスコ

さて、今回はなぜ東海道をテーマにしたのか。西野は15年前に一度東海道を歩いたことがあるのだが、再び歩くことで自身の中に起きた変化を体感しようと、このプロジェクトを試みたそうだ。東海道五十三次と言われる53の宿が今どうなっているかを歩いて探しながら撮影したと言う。

また、印刷には150年ほど前からあるコロタイプを用いている。日本でこの技法を使ってプリントができるのは京都にある便利堂のみで、西野は彼らの仕事に対する向き合い方に感銘を受け、この手法で印刷することを決めた。

HIGHFLEYRSは西野にインタビューし、東海道を歩いて感じたことや印象的な宿、コロタイプ印刷の仕上がりに関して、旅が多い西野にとって今一番好きな国などを聞いた。

作品を通して東海道に何があるのかを改めて見て、僕が歩いた時間を追体験してほしい

―新作「東海道」についてお伺いしたいです。なぜ東海道をテーマにしようと思ったのですか?

2005年にキヤノンの写真新世紀という賞のファイナリストに残った時に、そのプレゼンテーションとして東海道を歩いたことがあったのですが、あれから自分のキャリアや人生にどういう変化があったかを、歩くことで身体的に認識するために、もう一度やってみたいと思ったんです。前回は京都から東京までを歩き、今回は復路として東京から京都を歩きました。

―最初に歩いた時も写真は撮ったんですか?

その時も少しは撮りましたけど、歩く方がメインでした。大学を出たばかりで、人前で言葉でうまく伝えることができなかったので、僕の作品のコアな部分にある「歩く」ということをそのままプレゼンのテーマにすればいいと思って。それで勢いのままバック一つ背負って、地元の神戸から京都まで電車で行って、京都から東京を約1か月かけて歩いたんです。

―今回はいつ頃撮り始めて、どのくらいの期間をかけてたんですか?

2017年の1月にスタートして、1か月ちょっとかけて撮りました。

―撮影のプロセスはどのように?日本橋から三条大橋の間を、歩きながらポイントごとに撮っていったんですか?

そうですね、とは言え、何を軸に撮るべきか迷っていたというのもあって、江戸時代に歌川広重が浮世絵に描いた53の宿が今どうなっているかを歩いて探しながら撮影しました。現代の東海道が、昔の賑わっていた時代とどう変わったかを見ながら歩いたら面白んじゃないかと思って。

東海道撮影の様子。左上から時計回りに:品川、三条大橋、鳴海、原

―浮世絵に描かれている53次の情景は、今同じ場所から見てもなんとなくわかるものなんですか?

いや、全然違いました。中には古い街並みが残されて保存されているところもありますけど、それ以外は石碑があるくらいで、ビルができていたり、国道8号線が走っていたり。変わりように結構びっくりしましたね。

―約1か月の間に53宿回るとなると、1日に二つとかは回らないと終わらないですよね。

二つとか三つとかですね。僕は撮影の時は大体いつも時速4キロで歩きます。早歩きくらいのスピードですね。

―いつものように高い所から俯瞰して撮ることもあったんですか?

そうですね。今までやっていたような高い所から撮影することを思いながら歩いていたんですけど、田舎というか何もない所がほとんどで、山に登れば撮れるけど、その時間もないし、ちょっと小高い丘とかを見つけてそこから撮ったりしました。なのでそんなに見下ろす感じではなくて、ストリートの目線から撮ることも多かったです。

―今回の撮影を通して大変だったことは?

15年前に歩いた時にも感じたことですけど、現代の東海道は、歩道は一応あるにはあるけど車が走るための道路になっているので、排気ガスがすごくて。これまで四国のお遍路などの巡礼道やいろんな場所を歩いてきましたが、東海道はやっぱり淡々とした道というか、歩くには決して健康的な道ではないというか、そういう意味では大変でした。浮世絵には、伊勢参りに行く人とか、団子屋にみんなが集まって談笑してたり、楽しそうな様子が描かれているんですけど、今は歩いてる人はいないですね。

左:戸塚 右:桑名

―印象に残る出来事や出会いなどはありました?

もっと色々交流があるかと思っていたら、とにかく人がいなかったので寂しかったという印象が強いです。夜ご飯を食べに出かけた時に人と出会うことはありましたけど。次の日のパフォーマンスも変わってくるんで、毎晩飲みに行くわけにもいかないし。

―では、53宿行った中で印象的なところを挙げるとしたらどこかありますか?

僕は食べるのが好きなので、その土地で出会った美味しいご飯でその場所の印象が残ります。それで言うと、とろろ汁が有名な「丁字屋」がある丸子とか、「きときと」という店で食べたカワハギが美味しかった保土ケ谷とか、桜海老の丼が美味しかった原宿とかですね。毎日朝6時くらいから夕方5時くらいまで歩いて、宿に着いたらやることがないので、その場所の美味しいものを現地の人に聞いて食べに行くという感じです。

―機材はどのくらい持っていったのですか?

今回は少なくして、長いレンズと短めのレンズを1本ずつです。いつもはフィルムで撮るんですけど、今回の旅ではフィルムを補充できないから、デジタルで撮影しました。

―印刷はコロタイプという古典的な技法でプリントされたそうですが、なぜこの手法を用いたのですか?

コロタイプは、専門の職人の手作業でいくつものプロセスを重ねて出来上がるものなのですが、その作り方に感銘を受けて、いつかこの方法でプリントしてみたいと思っていたんです。

―日本でコロタイプを手がけているのは京都にある便利堂というところしかないそうですね。

ちょうどいいタイミングで便利堂の人から連絡を受けて、「これだ!」と思って。コロタイプ印刷のプロセスというのが、まずデジタル画像からネガを作って、そのネガを乳剤を塗ったガラス板に焼き付け、乾かしてゼラチン板ができたら、それにインクを乗せて紙に刷っていくという感じなんですが、インクジェットプリントのようにボタンを押して簡単にプリントが出てくるようなものではなく、手間をかけて分業式でやる作り方に感銘しました。自分の作品も、撮った一つひとつが素材みたいなもので、何万枚とある写真を組み合わせて一つの風景を作り上げているので、できるまでにかなりのプロセスがあります。僕の作品と彼らの印刷を作る時間のかけ方の度合いは似てるし、お互いの仕事的にもマッチしてるんじゃないかと思って。

ープリントはご自身でされたわけではないですが、大変なことなどありました?

途中で期間が空いたというのはありますけど、プリントが出来上がるまでに1年くらいかかりました。当初は2018年くらいに完成する予定だったんですが、どんどん延びてようやく最近完成しました。

―ゼラチン板を作るのに失敗することもあるんですか?

それは基本的にはないですけど、とても複雑な作業です。

―西野さんも、何回か現場に行ってプリントをチェックしたんですか?

行きました。今回のプリントはカラーで4色刷りなんで、最初にモノクロを引いて、その次に赤、その次に青とか、そういう作業を繰り返します。例えばちょっと黄色味が強く出てしまった場合はインクの量を調整して変えていくんですけど、それも職人さんのさじ加減なので、思っている色を出すのが本当に難しいんです。僕も毎回行けるわけではないんで、最初の何枚かをチェックして、あとは任せました。でもやり直ししたのもたくさんありますね。

便利堂工房にて。作業の様子

―最終の仕上がりを見ていかがですか?

紙は和紙を使っていますが、インクが乗ってるのがすごくわかるし、見ていて飽きない感じがあります。ドットがないし、立体感がすごくあって本当に素晴らしいです。平面なのに立体感があるように見えるのは、人による多くのプロセスが含まれているからなのかもしれないけど、それもあって愛着が湧きますね。印刷の過程で時間をかけて色をちょっとずつ乗せていったりする作業は、自分が長い間かけて歩いた時間を見るようだったし、旅を追体験するのにふさわしいプリントになったんじゃないかなと思います。

―この作品をどんな人に見てほしいですか?また作品を通してどんなことを感じてほしいですか?

今は東京から京都って新幹線で2時間半とかで行けて、基本的に東海道の距離を感じる機会ってあまりないですよね。それにある場所から場所まで移動するのに、グーグルマップとかが行き方を示してくれるから、みんな同じ時間感覚で同じルートを通っていく。でも実は途中にある路地が面白かったり、回り道をしたら何かに出会ったとか、僕はそういうのが好きで、それを作品の中に落とし込みたいと思って、撮った写真全てを使って作品を作ってるんですけど、そういう意味でも、東海道というポピュラーな道路の間に何があるのかを改めて見てもらいたいというのはありますね。そうすることで、僕が歩いた時間というものも追体験してもらえるんじゃないかなとは思います。

箱根駅伝が行われた様子も作品の一部になっている

―ところで、西野さんはいつも旅をされてますが、最近いいなと思った国や特定の場所はありますか?

これからもまた行く予定なんですけど、北インドのラダックという所です。チベット文化圏なんですけど、今はインドの中にあって、そこのノマド(遊牧民)の生活を追っているんです。彼らは羊たちと一緒に移動しながら、住む場所を変えながら生きています。現代社会ではそういう生き方ってなかなかできなかったりするけど、いつか彼らのような生き方が割とポピュラーになってきたり、学ぶべきものがあるんじゃないかと思っていて。なので、一つ挙げるとしたらラダックのギャー(GYA)という村ですかね。

―どんな村なんですか?

羊飼いの村です。300頭くらいの羊がいて、60歳くらいのおばあさんが一人で羊たちの面倒を見ながら、連れて歩いている。おばあさんの家族も一緒について行くんですけど、その辺の村はそういう感じです。

―食べ物とかはどんなものがあるんですか?

質素ですね。町に行けばうどんや焼きそばみたいなのはあるんですけど、ノマドの人たちは羊のミルクで作ったヨーグルトやチャパティみたいなもの、あとはホウレンソウを食べたり、大麦で作ったお酒を飲んだり、とかですかね。

―その村の遊牧民はどのくらいの距離を移動するんですか?

羊飼いのテリトリーが色々あって、20、30キロを転々とする人たちもいるし、何百キロを移動する人たちもいる。それは現地の人たちもあまりわかってないみたいです。完全にノマドの人たちの家に泊まらせてもらった時はなかなかスペシャルな経験をしました。電気がない中でご飯を食べたり、羊の糞で作ったトイレの中でトイレをしたり。基本的には水とかを温めるのにも、糞を肥料として使うことが多いんですよ。糞はすぐ火がつくので、それでお湯を沸かしたりするんです。

―なかなかない貴重な経験をされているんですね。

そうですね。インドに限らず、他の場所でも遊牧民の暮らしを色々撮っていこうかなと思ってます。

―実体験できるって素晴らしいです。

僕は移動することに興味があるので。

―小さい頃からじっとしていられないタイプだったんですか?

小さい時から歩くことが好きでした。小学校の高学年くらいから、目的を決めずに電車に乗ってここで降りよう、みたいなことをやっていましたね。歩くって物事を考えるのにちょうどいいというか。

―他には何か手がけているプロジェクトはありますか?

別府の街を撮ってくれと言われていて、温泉をテーマに作品を作っています。別府には200くらい温泉があって、その温泉に入ってる人たちを撮ってるんです。あとは山のシリーズもやっていて、今年は富士山に行こうかなと思ってます。

―「これが終わったら次はこのシリーズ」ってエンドレスに続きそうですね。

なんか、“見たい”んですよね。すけべ根性じゃないけど、色々見たい。知らない場所に行きたいんですよね。

―行ったことのない所に行ったり、見たことのないものを見たりとか、そうしてないと感覚的にフレッシュでいられないですしね。

そういう場所に行くことで自分の感性を保ってるというか、日常の中にいると、どうも野生の感覚が眠ってしまいそうで、そういう時にバーンとショックみたいなものを自分自身に与えて、本来持つ感性を蘇らせるというか、必要としてるんだと思います。

 

これからも西野の冒険は続いていく。作品を見て彼が歩いて体感した非日常を味わいに行こう。

Text & Photo: Atsuko Tanaka

 

西野壮平写真展「東海道」

2020年4月1日(水) ~4月13日(月)

日本橋三越本店 本館6階 コンテンポラリーギャラリー

10:00-19:00 (最終日は17:00閉場)

住所:東京都中央区日本橋室町1-4-1

TEL:03-3241-3311(大代表)

詳細は下記のリンクにて

https://www.mitsukoshi.mistore.jp/nihombashi/shops/art/art/shopnews_list/shopnews0255.html