ニューシングル「声手」が6月26日発売!カフェに就職した耳の聞こえない女性が、夢のために困難を乗り越えて成長していく様子を歌に【インタビュー】
2019/06/26
ボーカル・ダンス・手話パフォーマンス ユニットのHANDSIGN(ハンドサイン)が、本日6月26日にニューシングル「声手(こえて)」をリリースした。今作は、「僕が君の耳になる」、「この手で奏でるありがとう」に続く、実話をもとに楽曲を書き下ろした「ノンフィクション プロジェクト」の第3弾だ。
HANDSIGNのメンバー、TATSUとSHINGOは小学生1年生の時から幼馴染として育ち、中学でブレイクダンスにのめり込む。高校、大学時には二人は同じチームとしてブレイクダンスのイベントなどに出演し、活動を続けていた。その後、病気で聴覚を失った女性が主人公のドラマ「オレンジデイズ」を観て、ダンスに手話を取り入れることを思いつき、手話を学び始める。転機が訪れたのは活動4年後の2009年、ブラックミュージックの殿堂・ニューヨークのアポロシアターで行われる、アマチュアの歌手やダンサーが才能を競い合うコンテスト「アマチュアナイト」に出場した時。見事に優勝を重ね、2年の時を経て年間ファイナリストに選ばれ、公認パフォーマーとなり帰国。その後は多くのイベントに出演したり、フィリピンやカンボジアなど海外の国でも手話ダンスで支援活動を行うようになった。
また、2017年には、日本初の「全日本ろうあ連盟公認第23回夏季デフリンピック」の応援テーマソング「HERO」を手がけ、その翌年9 月に「僕が君の耳になる」でメジャーデビュー。同年、パラスポーツ応援者を増やすために設立された、東京都主導のプロジェクト「TEAM BEYOND」のメンバーにも選出された。
HIGHFLYERSは、HANDSIGNの二人に新曲「声手」についてや、学生時代ダンスに夢中になった頃のこと、手話との出会いやアマチュアナイトで優勝した時のこと、今後の夢などを聞いた。
手話は人を助ける為のツールではなく、一つの言語。手話ダンスを通して、より多くの人達に音楽を伝えたい
―新曲「声手」は実話をもとにされた「ノンフィクションプロジェクト」の一つですが、話のモデルになった主人公の方との出会いを教えてください。
TATSU:その女性は、共通の友達を介して僕らのライブに何回か来てくれたことがあって、彼女が働くカフェで経験した話を聞いて感銘を受けたんです。仕事をしていく中で嫌なことを色々言われたりして辞めたくなったことはあっても、夢のために乗り越えていったという話をしてくれました。
SHINGO:彼女は自分がお客さんとしてカフェに行ってた時、頼んだものと違うものが出てきたり、トッピングの注文ができなかったりして、歯がゆい思いをしつつも我慢していたそうで、それを自分が店員になって変えていきたいと、強い想いを抱いていたんです。そして実際に働いて、 “私は耳が聞こえません”と書かれたバッジを作ることを提案したり、いろんな困難を超えてここまで来たお話をお聞きしました。その話に感動して、今回は彼女のお話で曲とMVを作らせていただくことになりました。
―MVの撮影現場はいかがでしたか?
TATSU:毎回思うことなんですけど、女優さんてやっぱりプロだなぁって感心します。手話って覚えるのが大変なんですけど、その場で求められることもちゃんとこなしてしまうんで、手話監修の方も「すごいなぁ〜」って感動してました。
―毎回曲やダンスを考えるのに、気をつけていることなどはありますか?
TATSU:実話を曲にするものに関しては、実際にあった出来事を歌詞にするのと、事実に対して僕達自身も共感できる話を入れるようにしてます。あとは、ただダンスに手話を入れるだけでなく、いかにそれをエンターテイメントとしてカッコ良く見せるかということに気をつけてますね。
―やはりカッコ良く見せるのは難しいですか?
TATSU:ダンスにも流行りすたりがあるので、今時のダンスを取り入れていくことは意識してます。
―手話も変わっていくんですか?
TATSU:変わるというか、新語ができると共に増えていきます。
SHINGO:僕達が話す言葉にも若者言葉があるように、手話にも若者言葉があるんです。SNSに関連するものも、例えば「ツイッター」とか「インスタ」などの手話は昔はなかったですけど、日本手話研究所というところがあって、新しい手話を日々開発している人達がいるんですよ。
―新しいものができるとどんどんアップデートされていくんですか?
TATSU:そうです。最近で言うと、例えば「令和」がありますね。令和の手話は、蕾から花が咲くように手を広げるんですけど、それが霜降り明星の粗品さんのツッコミと一緒だって話題になってました(笑)。そうやって、新しい言葉が生まれる分、手話も増えていきます。
―面白いですね。お二人もマメに新しい言葉の手話をチェックされてるんですか?
TATSU:まあそうですね、アンテナ3本くらいは立ってますね。
SHINGO:大分立ってるね(笑)。手話のわからない言葉があると、実際に使っている方に聞いたりします。
―手話で普通に会話するのはもう問題ない感じですか?
TATSU:普通に話す分には問題ないんですけど、飲みの場ではみんなめちゃくちゃ早くなるので、「ちょっと待って!」ってなります(笑)。僕らも飲んで盛り上がると早口になるのと一緒で、手話も早くなるんでしょうね。
―ところで、お二人は幼馴染として小学校の時からずっと一緒なんですよね。初めての出会いは覚えてますか?
TATSU:僕は小学校1年の冬に転校してきたんですけど、その学校で受けた最初の授業が音楽で、そこに坊主頭で半袖短パンの、ボンゴという太鼓を叩いてる「ゴリ」というあだ名の子がいて。それがSHINGOでした(笑)。
SHINGO:ちょうど音楽発表会の練習でボンゴを叩いてたんです。それで、TATSUから「ボンゴ貸せよ」って言われて喧嘩になって、わちゃわちゃして徐々に仲良くなっていきました。
―お二人とも結構活発な子だったんですか?
TATSU:当時は今みたいにスマホなど手軽にできるゲームとかがあまりなかったので、コマを回したり、駄菓子屋に行ったりして遊んでました。駄菓子屋行ってからの海コース、みたいな。
SHINGO:僕らが育ったのは、神奈川の西にある二宮町というのどかな所なんです。二人とも目立ちたがりだったけど、TATSUの方が活発度が強くて、「行くぞ〜!」って声かける感じでしたね。
TATSU:行く先は海なんですけどね(笑)。
―中学の時にブレイクダンスにハマったそうですが、ブレイクダンスとの出会いは?
TATSU:中学になって、「行くぞ〜!」の先が海からゲーセンに変わって、その溜まり場にいた先輩がブレイクダンスをやってたんです。それに影響されて、僕達もスーパーの裏とか屋上にダンボールを敷いてダンスを始めました。中2の時ですね。先輩のダンスを見て覚えました。
SHINGO:あとは録画したビデオを擦り切れるまで見たりしましたね。当時はダンスのテレビ番組なんてあまりなかったですから。
ー練習していた頃の思い出深い出来事とかありますか?
SHINGO:二宮町のお祭りに初めてダンサーとして出ることになって、めちゃくちゃ練習しました。当日は大雪になってしまい、お祭りは急遽体育館で行われることになったんですけど、ショーの後にみんなでカラオケに行ってファミレスでご飯食べたりしてたら、翌日メンバーの半分くらいが風邪引いちゃって。受験の直前だったし、あの時のことは今でもおかんに言われますね。
―その後、ダンスに手話を取り入れるようになったのは、ドラマ「オレンジデイズ」を観て、手話がかっこいいと思ったのがきっかけだったそうですね。
TATSU:手話をダンスに取り入れたらかっこいいなって思ったのと、そうすることで音楽がより多くの人に届くんじゃないかと思ったんです。
―そして、2009年にアポロシアターの「アマチュアナイト」に出場し、優勝を手にされますが、その時の印象的な出来事や思い出深いシーンなどを教えてください。
TATSU:アマチュアナイトの本戦に出るために、オーディションを受けに2人で挑戦しました。オーディションは朝の9時スタートで、10分前に行ったら1000人くらい並んでて、結局自分たちの番が来たのは夜の9時でした。大体みんな3秒くらいで“Thank you”と返されていて、僕らもソッコー終わると思っていたんですけど、踊り始めたら3秒が過ぎて、審査員の顔が笑顔になり始めて、最後まで踊りきることができました。そして、無事オーディションを通過しました。
SHINGO:自分たちの番が来るまで観客席で待つんですけど、海外のパフォーマーって見せたがりの人が多くて、みんな普通に待ってられないから、お互いのスキルを見せ合うのに歌ったりダンスしだして、オーディションを待っている間にオーディション始まっちゃった感じで。結局、審査員が「静かにして!」って言いに来る始末で、「何だ、これ!」って(笑)。あと、日本だと参加者同士が話すことはあまりないけど、向こうは仲間意識が強くて、「グッドラック!」とか「グッドジョブ!」って声をかけ合うのがすごくいいなと思いましたね。それに、日本のイベントで手話をやると「すごいいいことやってるよね」っていう反応が多いけど、向こうでは「ヘぇ〜、かっこいいね、新しいね!」みたいな感じで、考え方も全然違うなって感じました。
―初めて優勝した時はどんな気持ちでしたか?
TATSU: 1回戦の時に闘った約15組の中に、日本ですごく有名なダンサーの方がいたんですけど、その方は1分くらいで観客からブーイングを受けて落ちちゃったんです。それ以外も僕らの前の10組くらいみんなブーイングで落とされていったので、僕らも絶対ダメだろうと思っていたら、終わった後スタンディングオベーションを受けて。本当にびっくりでしたけど、そこで優勝できたことがその後の自信につながりました。
―その有名なダンサーさんや他の人はダメだったのに、HANDSIGNさんが観客に受け入れられた理由はなんだと思いますか?
TATSU:アマチュアナイトに出る際に僕達が一番大事にしたことは、観客の方達を飽きさせないような3分間を作ることでした。4部構成にして、その頃マイケル(・ジャクソン)が亡くなった1年後だったので、頭にマイケルの音を使ってムーンウォークしたり、ロボットダンスとか奇抜な踊りを入れたりして。曲は当時アメリカで流行ってたものを使って、最後にジニュワイン(Ginuwine)さんの「Differences」という曲で英語の手話(*)をつけてダンスしたので、全体的な見せ方が良かったんだと思います。*手話は国によって異なる
―その優勝をきっかけにお二人の活動の幅も広がり、2015年に「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」にもゲスト出演されたそうですが、どういったイベントなのですか?
TATSU:今年の9月に6回目の大会が行われますが、鳥取県が手話の普及のために力を入れて行っているイベントで、全国の高校生が手話で歌ったり踊ったり演技をして競い合うんです。予選を勝ち抜いた約20チームが決勝に出場できて、そこで1位〜3位が決まります。HANDSIGNとしては第2回目にゲストとしてパフォーマンス出演しましたが、僕は1回目に審査員で、3回目以降は毎年日本海テレビで放送している大会の特集番組のMCとして参加させていただいてます。
―これまで耳が聞こえない方達と多く交流されてきた中で、お二人の考え方や人生も変わったと思いますが、最も大きく変わったことはどんなことでしょうか?
TATSU:僕達の活動を知って、手話ダンスが好きになったとか、新たな夢ができたとか書かれた手紙をもらうことがたくさんあるんですけど、ついこの間はこんなことがありました。元歌手をしていた女性で25歳の時に急に耳が聞こえなくなって、自殺まで考えるくらい辛い時期もあったけど、YouTubeで「僕が君の耳になる」を見て、「こういう音楽の伝え方があるんだ」って感動して僕達のライブを観に来てくれたんです。僕自身、活動していて気持ち的に上がったり下がったりすることがありますけど、そういう風に励ましの言葉をいただけると、また心を引き締めて活動しようって思います。
SHINGO:活動を始めた頃は、まだよく分からずに勝手な先入観を持っていたんですけど、聾者の方々と交流を持つうちに彼らから「一緒にクラブに行こうよ」とか、「胸に響く低音が気持ちいいんだよね」って言われたり、カラオケにも行くと聞いて衝撃を受けました。みなさん音楽を楽しみたいし、ダンスが好きな人もいる。もちろん嫌いな人もいるけど、勝手に決めつけていたのは自分だったんだと気づいて、そういったことをいろんな方に伝えていかないといけないと思いました。
―活動が長くなってくると、ご自身のやっていることに使命感を感じるようになりますよね。
TATSU:そうですね、最近はいろんな場所でパフォーマンスさせていただけるので、初めて来てくれる人が増えてきて、僕達の曲をいいねと言ってくださいます。そこで聞こえる方達が自然と手話を覚えて、聞こえない方達と手話で話してる風景を見ると嬉しいです。
―手話を覚えるいい方法は何かありますか?
TATSU:手話は難しくて覚えるのが大変だと言われることがありますが、やっぱり楽しくないと続かないですよね。例えば自分の好きな音楽の手話から勉強するとか、楽しいと思えることから覚え始めるといいと思います。
SHINGO:最近はTikTokとかでも手話歌動画みたいなのがすごく流行っていて、「僕が君の耳になる」に手話をつけてアップしてくださる方とかもたくさんいます。そういったSNSやエンターテイメントと手話が合致して、手話が覚えやすくなっているように思うので、そういうのを真似してやってみるといいかもしれないですね。
―活動を通して、お二人が一番大切にしていることはどんなことですか?
TATSU:一人でも多くに人に僕らの音楽で元気になってもらいたいです。
SHINGO:手話は人を助ける為のツールだと思われがちですけど、英語とかフランス語とかと同じで一つの言語だというのを皆さんに伝えていきたいですね。
―お二人の今後の夢を教えてください。
TATSU:日本中のライブステージ横で手話ダンスがあると、更にたくさんの人達に音楽を伝えられると思うので、そういうところも一つの目標にしていきたいと思います。
SHINGO:2020年に東京オリンピック・パラリンピックもあり、外国から耳の不自由なお客様もたくさんいらっしゃると思います。冒頭でお話した海外支援の経験も生かして、海外の皆様にも伝えられるようなパフォーマンスを、今後も磨いて作っていきたいなと思います。
HANDSIGN 実話第3弾シングル「声手(こえて)」
みんなの声と手でつながって超えて行け、届くまで!!
昨年9月、メジャーデビューシングル「HANDSIGN」で鮮烈なデビューを飾ったボーカル×ダンス×手話パフォーマンス ユニット。新しい表現方法で音楽を伝える。2019年、この楽曲「声手」でスタート。今作「声手」は、前作「HANDSIGN」に収録の「僕が君の耳になる」「この手で奏でるありがとう」に続く実話シリーズ第3弾。
MV出演者 : 早見あかり、アキラ100%、他
耳の聞こえない女性がカフェで働きはじめ、様々な困難を乗り越えていく様子を描いた実話シリーズ第3弾。働く中でさまざまな失敗や挫折を繰り返すが、スタッフとともに諦めず挑戦する姿を女優の早見あかりが演じる。サビ部分は、すぐに覚えて踊りたくなる振り付けで自然に手話に触れられる楽しい作品となっている。