8年越しの夢、東京ファッションウィーク2019でコレクション発表を果たしたタイのデザイナーWISHARAWISH 。ファッションを通して消え行く伝統文化の継承に静かな情熱を燃やす【インタビュー】

2019/04/06

毎年、春と秋に世界中のファッション先進都市で開催されるファッションの大祭、ファッションウィーク。ファッションショー、展示会など各種イベントが行われ、その都市を代表するブランドやデザイナーたちが、自信作である最新コレクションを発表する。招待されたメディアやジャーナリストによってその情報は流れ、各シーズンのトレンドがそこから生まれるが、中でも、ニューヨーク、パリ、ロンドン、ミラノで行われるものは“Big Four”–世界4大ファッションウィーク-と称され、世界のファッションの流行に大きく影響している。残念ながら、現在東京はその中に含まれていないものの、5番目の都市候補として、ケープタウン(南アフリカ)、ドゥバイ(アラブ)、マイアミと並び名を揚げている。

現在「Amazon Fashion Week TOKYO(アマゾン ファッション ウィーク東京)」と呼ばれている東京のファッションウィークは、1985年春「東京プレタポルテ・コレクション」として読売新聞社が創業110周年を記念して開催したのがきっかけとなりスタートした。当時、一回限りの公演の予定だったそのイベントでは、日本を代表するデザイナー、川久保玲、ヨウジヤマモト、イッセイミヤケ、コシノヨウコ、コシノジュンコ、森英恵ら37人のデザイナーがコレクションを発表した。それをきっかけに、川久保玲、松田光弘、三宅一生、森英恵、山本寛斎、山本耀司らがデザイナー組織「東京ファッション・デザイナー協議会(CFD)」を結成し、同年秋、記念すべき第1回、1986年春夏コレクションが開かれた。海外のファッションウィークが主にバイヤー相手に高級ブランドを見せていたのに対し、一般客を招待し、日本のファッションリーダーである若者向けのブランドを多く発表するなどし、海外とは違う日本らしさを前面に押し出した。

その後、1988年秋冬コレクションからは「東京コレクション」と名称を変え開催されていたが、2005年から経済産業省の補助事業として「東京発日本ファッション・ウィーク(JFW in Tokyo)」が立ち上げられた。2011年秋冬コレクションからは、メルセデス・ベンツ日本が冠スポンサーとなり、「メルセデス・ベンツ ファッション・ウィーク 東京」に変更、そして2016年からは冠スポンサーがアマゾンジャパンになり、現在の「Amazon Fashion Week TOKYO(アマゾン ファッション ウィーク東京)」に変わった。

今年も“ファッションの今が生まれる”をモットーに、「世界に向けた新人デザイナーの登竜門に」、「創(デザイナー)、匠(製造事業者)、商(アパレル・小売)の連携の起点に」、「 東京をもっとおしゃれで楽しい街に」という3つのスローガンを掲げ、渋谷ヒカリエと表参道ヒルズを拠点とし、東京内各所で世界的ファッションの祭典が3月18日から23日まで開かれた。

さて、メルセデス・ベンツ ファッション・ウィーク 東京時代に始まったプロジェクトの一つに、アジアのファッション業界の発展をサポートする育成プロジェクト「Asia Fashion Collection(アジアファッションコレクション)」がある。そこでは、厳選された韓国、台湾、香港の有望若手デザイナーを招待し、ランウェイデビューを果たす機会を与えてきた。2016年にAmazon Fashion Week TOKYOになってからは「Asian Fashion Meets Tokyo(アジアンファッションミーツトーキョー)」と名を変え、フィリピン、インドネシア、タイなどから若き有望デザイナーたちを招待し、応援している。

HIGHFLYERSでは、今年度秋冬コレクションのAsian Fashion Meets Tokyoに選ばれたインドネシアのファッションブランド、「ERI(エリ)」のデザイナー、エリダニと、「Danjyo Hiyoji(ダンジヨ ヒヨジ)」のデザイナー、ダナ・マウラナとリザ・マシタ、そして、海外からはただ一人、個人出演を果たしたタイのブランド、「WISHARAWISH(ウィシャラウィッシュ)」のデザイナー、ウィシャラウィッシュ・アカラサンテスックに話を聞いた。2回にわたって彼らのインタビューをお届けする。

余計なものを加えず素材の良さを引き出す調理をするように、伝統工芸の品質を損なわずに機能性を持たせるのが僕の役目

WISHARAWISHのデザイナー、ウィシャラウィッシュ・アカラサンテスックは、タイ東北部の小さな町、ブリーラムで生まれ育った。チュラーロンコーン大学で演劇を専攻し卒業した後、タイ政府からの奨学金を受け、フランス、パリのIFM ( Institut Français de la Mode)でファッションデザインを学び、在学中、バルセロナで行われた「MANGO Fashion Awards」で優賞したことから海外でも彼の名が知られるようになる。

帰国後は、タイ文化省職員として、タイの伝統工芸品の維持を促進するプロジェクトに携わることに。自らタイ中を歩き回って国内の伝統工芸職人たちと触れ合い、絆を深め、タイの伝統文化を現代社会に取り入れられるようサポートし、共に歩んできた。複雑なパターンを使って作った幾何学的で現代的なモチーフの中に、タイの伝統工芸がさりげなく散りばめられた個性的かつ機能性に富んだデザインが注目され、レディー・ガガやミス・タイランドにも愛用されることとなった。

先月行われたAmazon Fashion Week Tokyo 2019秋冬コレクションに念願の初参加を果たしたウィッシュ。タイ深南部パッタニー県のハンドペイント生地、東北部コーケン県の手織りシルクの柄生地、東北部スリン県のシルクデニムを使用し、その遊び心旺盛かつ、洗練されたデザインでランウェイを飾った。ショーの直後とは思えないほど、平穏で落ち着いた雰囲気のウィッシュに、これまでの道のり、大切にしているもの、夢についてなどを聞いた。

―初めての東京ファッションウィーク、お疲れ様でした。大きな舞台を終えて、今どういうお気持ちですか?

とてもホッとしてます。長い期間に渡って、このコレクションの準備をしてきたので、全てが無事に終わって満足です。

―どういう経緯で今回参加することになったのですか?

ファッションデザイナーとして活動を始めて15年になりますが、東京ファッションウィークでコレクションを発表するのはずっと僕の夢でした。実は、2011年3月に行われる予定だった東京ファッションウィークのミニ・コレクションに出場が決まっていたのですが、東京に向けて出発する3日前に東日本大震災が起きて、ショーはキャンセルになってしまいました。それからずっと、東京ファッションウィークに出たことのある友達に助言をもらったりして時間をかけてアイデアを温めてきたんです。僕はこれまでタイの伝統工芸を守るためにたくさんの職人たちのサポートをしてきましたが、今回は逆にたくさんの人達に支援をしていただきました。タイ文化省をはじめとする色々な機関の支援があって夢が叶ったと思ってます。

ー今回のコレクションのテーマについて教えてください。

複雑な要素と簡素な要素の一体化です。僕が使う素材には物語があります。料理人がとびきり新鮮で良い材料を使って料理をするとき、素材の良さを引き出すようシンプルに調理するように、ファッションも素材が上等なものなら複雑なことを加える必要がないんです。材質のクオリティーを引き出して損なわないようにするのが僕のテーマです。

―普段はどのようなことからインスピレーションを受けますか?

常にたくさんの本を読んでいますが、どんな本からでもインスピレーションを受けますね。何かを読むたびに色々な情景が頭に焼き付けられるので、それらを集めていって作品が生まれていく感じです。まず抽象的なイメージが浮かんできて、それを色や形にしていって、持ち合わせた技術を加えてデザインしていく。あとは、素材に何になりたいかを尋ねて、それに答えるようにしています。僕が使う材質はそのままでも十分素敵なものなので、それに機能性や心地良さなどの要素を加えて、息を吹き込むのが僕の役目だと思ってます。

―いつ頃からファッションに興味を持ったんですか?

大学在学中に初めてファッションショーを見た時に、心を大きく揺さぶられて全身に震えを覚えて、これが自分のしたいことだと確信しました。当時はまだインターネットも普及してなかったですし、ファッション業界に友達もいなかったので、図書館に行って「ファッションとは?」と調べるところから始めました。

―その後、MANGO Fashion Awardsで優勝されましたが、それによってどんな道が開けましたか?

僕がこのコンペで経験したこと、学んだことは計り知れないです。今やニューヨークやパリで活躍している日本のブランド「DIVKA(ディウカ)」をはじめ、世界中の同世代のデザイナーたちと繋がりを持てたことや、コラボレーションの実現、あとは、他の人達が何に興味を持って何をしているのかを知れたり、情報交換できたのはとても嬉しかったですね。そして、世界中の人達に、僕が取り組んでいること、やっていきたいことを知ってもらうことができました。Lady Gagaから僕の服を着たいと連絡が来た時は驚きました。

―WISHARAWISHのスタイルの特徴を教えてください。

僕が一番大切にしていることは、流行を作り出すことではなく、人を喜ばせることです。僕自身、流行を追うタイプではないから(笑)。だからまずは家族や友達、周りにいる人たちが喜ぶものを作ります。とてもシンプルで基本的なことだけど、そうやって作ったものが他の人達に好んで着てもらえるのが、僕にとって一番の喜びです。

―タイの大学を卒業後、フランス留学をされ、再びタイに戻って来てからはタイ文化省で文化継承の仕事をされていますが、それはなぜですか?

そもそも僕がフランスに留学できたのはタイ政府の支援があったからなんです。タイ政府から奨学金をもらってパリの大学院でファッションを学びました。帰国後、恩返しの意味も含めて文化省で働くことになったのですが、仕事を通して、タイの伝統工芸の職人たちが作る素晴らしい素材に出逢い、将来デザイナーたちがそれらを使わなくなったら消えてなくなってしまうという悲しい事実を知りました。そんなことが起きてはいけないと、政府職員としてだけでなく、デザイナーとしても何かしなくてはと思い、タイ中の僻地を歩き回って直接職人たちの話を聞きに、会いに行きました。

―今でも政府職員として働いているんですか?

今はもう職員としては働いてないですが、政府とコラボレーションはたくさんしています。政府は伝統を守って何とか残したいという思いはあっても、何をしたらいいかはわからないんです。なので、僕は伝統工芸のテキスタイルを発展させる方法を伝授するセミナーを開いたり、製品開発のプロジェクトを立ち上げたりと、指導員やアドバイザーのような形でサポートしています。文化省の他にも、商工省や、民間企業のサポートもしています。今までたくさんの職人たちと出逢い、絆を深めてきたから、人と人とを繋げることに関しても貢献させてもらってます。

―ウィッシュさんにとって、タイの伝統文化を守ることは、なぜそれほど重要なんですか?

誰かがやらなくては、伝統工芸がなくなってしまうからです。僕はタイの小さな町で生まれ育ちましたが、この35年間、僕を育んでくれた場所に何かを返したいと思っています。タイの大きな都市だけでなく、小さな都市が発展して、全ての人が幸せになって欲しいです。

―ウィッシュさんのような活動をしているデザイナーは他にもいるのですか?

いないですね。簡単なことではないですから。すごく時間のかかることですし、全てのシステムを把握しなくてはならない。でも、僕は時間をかけて地域の人と解りあって、信頼を築いて、一緒に進歩してきました。職人達は僕にとっては家族のような存在です。タイだけでなく、世界中のデザイナーにも、僕が発掘して発展させてきた伝統工芸品を知って使ってもらいたい。そうすることによって、もっと職人たちに貢献していきたいです。

―実際、伝統工芸を残していくのは可能だと思いますか?

どの文化も、永遠に残すことはできません。もうすでにたくさんの伝統は息絶えてしまいました。そうなったらもう生き返らすことはできないですよね。だからこそ、今まだあるものをどうにかして残していかないといけないんです。また、ただ残すだけでなく、そこから発展させていくことが大切です。

―他にも伝統工芸を守る活動をしている人はいますか?

そういう団体はいくつかあるし、若い世代の人達が始めた新しい工場などもできて、みんなそれぞれの活動に取り組んでいます。素晴らしい伝統工芸がなくなっていくのを見るのは本当に悲しいので、僕自身も、今まで築いてきた知識と繋がりをより多くの人達とシェアしていきたいと思います。

―日本でも多くの伝統が消えていってます。素晴らしい伝統を守るために、具体的に私たちは何をしていけばいいと思いますか?

時代は変わり続けているから、そのままの形で残すことは難しいので、現代的に変化させたり、現代に合ったものを取り入れていく必要があります。職人の中には、自分が作った伝統製法の生地にはさみを入れてファッションにするなんておこがましいと言ったり、そのままの形で残したいと強く願う人がたくさんいます。でも、それでは現代社会での使い道は見つけてもらえず消えていってしまうんです。タイの伝統的な絹や綿は心地よく、機能性に優れたものが多いから、それをファッションに取り入れない手はないと思います。

―現代的なデザインを伝統技術に取り入れることも勧めていらっしゃるんですか?

そういうお手伝いもしています。現代の人に好まれるデザインを用意して職人に作ってもらったりしていますが、その時に必要なのは、適度にコンテンポラリーな要素を取り入れつつ、ちゃんと伝統を残すことです。

―ウィッシュさんの作品を見ていて、伝統工芸を使っているのに、伝統的なイメージを受けなかったのはそのせいですね。

そうですね。伝統の技術や大事な要素は絶対に変えずに、色のコンビネーションなどで工夫しています。

―世界のデザイナーたちに知って欲しいタイの伝統工芸品はありますか?

たくさんあります。タイの絹は機能性においても最高だし、草木染も美しく素晴らしいんです。特に最近僕がプロデュースして職人たちと作り上げたシルクデニムは、世界中の人達に知って欲しいですね。見かけはデニムそのもので、デニムの様に丈夫なんだけど、すごく柔らかくて着心地抜群なんですよ。伝統的な素材を現代の若者のニーズに合うように工夫を凝らした自信作です。

―世界中のデザイナーに知ってもらえるといいですね。ところで、今タイではどんなファッションが流行っていますか?

最近は特別な流行というのがなくなっています。色々なものを混ぜあわせたりして、みんなそれぞれ好きな格好をして自分を表現していますね。個人的に、流行っていて嬉しいのは、エコフレンドリーなファッションの傾向です。科学的に生地を染めずに、生地そのものの色を残したり草木染めを取り入れたりしたものです。完全にオーガニックや、自然にするのは難しいけど、できる限り自然を守るやり方で作ったものがもっと出回って欲しいですね。

―そういった流行はどれくらい浸透しているんですか?

少しずつだけど大分意識が上がってきてると思います。ファッション以外でも、たくさんの人がエコバッグを持ち歩いてレジ袋を使わなくなってるし、ストローを置かないお店なども増えてます。ファストファッションの人気も大分落ちていて、今の若い世代はファストファッションより古着を好んで取り入れていますね。

―タイの若い世代をどう思いますか?

僕はタイの大学でファッションを教えているので、若者と触れる機会が多くあるんですけど、彼らは多くの情報を早く得ることができる代わりに、本物を見たり触れたりする機会がほとんどなくなっています。だから僕は、彼らに外に出て、実際に見て触れて、リアルな感動を覚えることを勧めているんです。もっと心を開いて、直に体験していって欲しいですね。

―ウィッシュさんはどんな人を対象に洋服を作っているのですか?

僕が洋服を作る上で大事にしているのは、伝統工芸をコンテンポラリーファッションに生かすことです。だから、大衆受けしなかったとしても、それでいいと思ってます。世代的には、すべての年代の人達に楽しんでもらいたい。僕は35歳だけど、20歳くらいにしか感じてないし(笑) 、みんなも年を気にせずに楽しんで欲しいです。

ーこれからは、海外にも活動の場を広げていく予定ですか?

海外にはよく行ってるので、少しずつですがファンは増えてきてます。最近はソーシャルメディアの影響で、海外の人にも作品を見てもらうことが簡単になりましたからね。あと、5月にオープンするパリのセレクトショップ「MAURICE & LA MATELASSERIE」で僕の秋冬コレクションが7月から2ヶ月ほど店頭に並びます。今日の僕のショーを見てわかってくれたと思いますけど、タイは常に暑いから、秋冬コレクションでもほとんど夏服のようなものが多いんです(笑)。だからパリの7月にはちょうどいいんです。

―日本のファッションシーンについて思うことはありますか?

流れがどんどん早くなってますね。前は重ね着とか、加えることが流行っていたけど、最近では軽さがあるシンプルなスタイルになってきてる。昔の方が楽しさはあったけど、時代は変わるものだから、今の時代にすごく合っていていいと思います。

―世界のファッションシーンはどうでしょう?

とにかくたくさんのことが同時に起こってますね。方向も、行きつくところも、みんな混ざり合ってる。消費者にとっては、あらゆる種類のものが手に入る場所にあって、自分を自由に表現できるという意味ではすごくいいと思います。でも、流行のサイクルが早過ぎるから、もっと時間をかけていいものを作り上げて、大事に楽しんでいく余裕があるといいですね。

―それでは、これから「ウィシャラウィッシュ」のブランドとしての未来像、また、ウィッシュさんが人生において大事にしていることを教えてください。

あまり期待はしないように心がけていますが、もっとグローバルに活動していきたいです。タイだけではなく、日本や他の文化圏にも広げていけたらいいなと思います。人生で大事にしていることは、早いスピードで工業化が進む中、人間性を損なわないように保ちながら常に人生を楽しむことです。

―最後に、ウィッシュさんにとって成功とはなんですか?

今まで時間をかけて作り上げてきたもの、職人との絆や伝統工芸の知識などを保ちつつ、さらに育んでいくこと。そして、自分が信じることをやり続けることが僕にとっての成功です。

 

瞑想効果がありそうな、とても落ち着いた声と話し方で淡々と語るウィッシュの姿からは、穏やかで真っ直ぐな人柄が感じられた。伝統工芸を守り、継承していくことへの大切さは、日本も同じ課題を持つだけにとても興味深く、彼が経験してきたことは多くの人のインスピレーションとなるだろう。長年に渡って一歩ずつプロセスを歩み続けるウィッシュの辛抱強さに感銘を受けると同時に、そろそろ世界全体が“早さ”を競うのをやめて、ゆっくりと大事なものを守っていけたらと想いを馳せた。次回のインドネシアのデザイナーのインタビューもお楽しみに。

Interview & Text: Minori Yoshikawa / Photo: Atsuko Tanaka