ハービー・ハンコックとロバート・グラスパーの夢の競演が実現! 新世代の注目プレイヤーが勢揃いした第17回東京ジャズフェスティバル【ライブレポート】

2018/09/14

「国境を越えて、世代を超えて」をテーマに、2002年に始まった東京ジャズフェスティバル。日本の音楽文化の充実と発展に貢献する文化事業かつ都市型フェスティバルとして、一昨年前まで丸の内で開催されてきたが、昨年から場所を渋谷に移し、街ぐるみのイベントとして進化を遂げた。

17回目を迎えた今年、2018年9月1日と2日の週末に行われた東京ジャズフェスティバルは、NHKホールや周辺のライブハウスをはじめ、公園、駅、ストリートなど渋谷の街のあちこちで、国内外の実力派プレイヤー達が一堂に介し素晴らしいパフォーマンスを繰り広げた。そして、「The Hall」の会場となったNHKホールには、 ハービー・ハンコック渡辺貞夫R+R=NOWコーネリアスマンハッタン・トランスファージョン・スコフィールド「Combo 66」ティグラン・ハマシアン・トリオオマーラ・ポルトゥオンドといった世界の音楽シーンを牽引する注目のトップアーティストやジャズ界のレジャンド達が出演し、2日間を豪華に彩った。HIGHFLYERSは9月1日の昼と夜の両公演を拝見した。

昼は「サウンドスケイプ(音の風景)」と題して、東京ジャズ初出演のコーネリアスとR+R=NOW が登場。小山田圭吾率いるコーネリアスは、小山田(ヴォーカル/ギター)、堀江博久(キーボード/ギター)、あらきゆうこ(ドラムス)、大野由美子(ベース)のメンバー構成。ライブは客電がついた状態で、ステージ上のスクリーンに地球のような球体が映し出されるところからスタート。球体に水しぶきが舞い、それが程なくして光に変わり、スクリーンで様々に変形する図形の動きにぴったり合わせてドラミングが始まると、突如白シャツに黒パンツという出で立ちの4人がステージ上に現れる。“Hello” “Welcome to Mellow Waves ”という文字がスクリーンに映し出されると、昨年11年ぶりにリリースしたアルバム「Mellow Waves」収録曲 「いつか / どこか」が始まった。

コーネリアス ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL Photo by Hideo Nakajima

2001年リリースの「Point of View Point」、新曲「AUDIO ARCHITECTURE」が続き、再びMellow Wavesより「Helix / Spiral」、「Drop」、「Count Five or Six」、「I Hate Hate」、「Surfing on Mind Wave pt2」、「夢の中で」を一気にプレイ。そして、2006年のアルバム「SENSUOUS」より「Beep It」、「Fit Song」、2007年リリースの「Gum」、1997年のアルバム「Fantasista」収録曲「Star Fruits Surf Rider」など往年の名曲も披露し、最後はMellow Wavesの「あなたがいるなら」で締めくくった。その間、MCは一切なく、一時もズレることのない演奏とスクリーンに投写された映像の完璧なシンクロニシティに観客は釘付けになり、そして聴き入った。”Thank you very very much”など本来ならばアーティストがステージ上で挨拶するはずの言葉も全てスクリーン上に文字で表現され、ステージ全部が一つのアート作品のようで、空間丸ごと観客を別次元の世界へ誘ってくれた。

コーネリアス ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL Photo by Rieko Oka

続いて登場したのは、ジャズ、ヒップホップ、R&Bなどジャンルを超えてあらゆるシーンで活躍し、全世界で最も注目を集めるアーティスト、ロバート・グラスパー率いるR+R=NOW。珍しいグループ名だが、「Reflect(じっくり考える)+Respond(応える)=Now(今)」という意味で、歌手でピアノ奏者のニーナ・シモンの言葉、「時代を反映させることはアーティストの責務である」という発言に由来するそうだ。6月15日にファースト・アルバム「コラージカリー・スピーキング」をブルーノートレーベルから世界同時リリースしたばかりの6人組で、メンバーはロバート・グラスパー(ピアノ/キーボード)、テラス・マーティン(サックス/ヴォコーダー/キーボード)、クリスチャン・スコット(トランペット)、テイラー・マクファーリン(キーボード/エレクトロニクス)、デリック・ホッジ(ベース)、ジャスティン・タイソン(ドラムス)という新時代のジャズシーンを彩る夢のようなスターメンバーで構成されている。

R+R=NOWのメンバー。 左から時計回りに:ロバート・グラスパー、ジャスティン・タイソン、テラス・マーティン、デリック・ホッジ、クリスチャン・スコット ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL Photo by Hideo Nakajima and Rieko Oka

映像までもが一体となって完成されたコーネリアスのステージとは対照的に、まるでストリートで演奏を始めるかのようなそれぞれのスタイルで、自然体でリラックスした空気のままステージ上に登場した6人。拍手喝采の中メンバー紹介。そして1曲目の「Power to the People」が始まると、少し引き締まった空気の中、ドラムとトランペットのソロを惜しみなく披露してスキルを見せつけた。それに呼応するかのようにロバート・グラスパーがピアノで強烈なインプロを始める。ライブハウスとは異なる雰囲気の、同日の夜にはジャズ界のレジェンド、ハービー・ハンコックが控えたこの大ホールで、まるでいつもとも少し違う特別なスイッチが入ったのかのようだった。新アルバムの曲を中心に、「Respond」、「Been on my mind」、ロバートが参加したケンドリック・ラマーのアルバム「To Pimp The Butterfly」収録曲「How much a dollar cost」を演奏した後は、テイラー・マクファーリンが見事なヒューマンビートボックスを披露。後半になるにつれ、インプロのボルテージはますます上がり会場も熱気を帯びる。「Perspectives」、「Postpartun」、「Message of Hope」、「Resting Warrior」で演奏を終えると、会場は割れんばかりの拍手と共に、スタンディングオベーションの嵐となった。

R+R=NOW ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL Photo by Rieko Oka

「ジャズ・オデッセイ(ジャズの探求)」と題した夜の部は、アルメニア人天才ジャズピアニストと称されるティグラン・ハマシアン率いるティグラン・ハマシアントリオと、ジャズ界のレジェンド、ハービー・ハンコックが登場した。数時間前に当日券も完売になったことが発表され、開演前からすでに熱気を帯びる満員御礼の大ホール。先に登場したティグランは、サム・ミナイエ(ベース)、アーサー・ナーテク(ドラムス)で構成された自身のトリオを率いて来日。1987年アルメニア生まれ、弱冠19歳で新人ジャズミュージシャンのコンペティション「セロニアス・モンク・コンペティション」で優勝し、コンポーザー、インプロバイザーとして、以来常に注目を浴び続ける彼が、民族音楽、エレクトロニカ、ロックを融合させた独特かつ新感覚の世界を繰り広げ観客を虜にした。

ティグラン・ハマシアン ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL Photo by Hideo Nakajima

2015年にリリースしたアルバム「Mockroot」収録曲を中心に「To Love」、「To Negate」、「The Grid」、「Out of the Grid」、「The Apple Orchard in Saghmosavanq」、「Entertain Me」を披露し、2017年のアルバム「An Ancient Observer」より「Leninagone」、ラストは「Mockroot」から「Double-faced」を奏でた。静寂と激動を交互に繰り返し、特にドラムとの掛け合いは、インプロとの境界がわからないほど、全てを魂のままに奏でているかのようだった。終演後の会場からは拍手喝采がしばらく鳴り止まなかった。また、HIGHFLYERSはティグラン・ハマシアンのスペシャルインタビューに成功。INLYTEのコーナーでまもなく特集するのでお楽しみに。

ティグラン・ハマシアン・トリオ ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL Photo by Hideo Nakajima and Rieko Oka

そして初日のラストを飾ったのは、ハービー・ハンコック。ジェームス・ジーナス(ベース)と、リオーネル・ルエケ(ギター)、トレヴァー・ローレンスJr.(ドラムス)に加え、昼の部でR+R=NOWとして出演し、ハービーの次のアルバムのプロデューサーも手がけるテラス・マーティンが参加するという、新旧の世紀のプレイヤーたちが集結した新鮮かつ貫禄のあるメンバーが圧巻のパフォーマンスを披露した。Yohji Yamamotoのコスチュームを身に纏ったハービーがステージに現れると、大歓声の中、「Overtune」を演奏。メンバー紹介の後は、1973年のアルバム「Headhunters」より「Actual Proof」を、「Come Running To Me」、「Secret Sauce」、「Butterfly」、ラストは同じく「Headhunters」の名曲「Chameleon」を披露して90分以上に及ぶパフォーマンスを締めくくった。 途中、ゲストとしてロバート・グラスパーがステージに登場。キーボード、エレクトリックピアノ、ピアノを駆使しての2人のインプロが始まると、観客は世紀の瞬間を目に焼き付けようと演奏に釘付けになった。

ハービー・ハンコック。最後の方にはロバート・グラスパーと共演した ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL Photo by Hideo Nakajima and Rieko Oka

東京ジャズフェスティバルが終わってしばらく経ったが、今振り返ってみても、忘れがたいほど素晴らしい演奏を体感した1日だったことを感動とともに思い出す。1ミリも狂わない計算されたサウンドと映像とのコラボレーションで、新たな方向へジャズの境界線をストレッチしたコーネリアス、グローバルでエッジーな新世代の才能が集結し、レベルの高いスキルを見せつけたR+R=NOW、斬新で唯一無二のパォーマンスを披露して、パワーでもテクニックでも観客の度肝を抜いた天才ピアニスト、ティグラン・ハマシアン・トリオ、そして、圧巻のエレガントさとスピード感と貫禄で、観客の目と耳を虜にしたハービー・ハンコック。ロバート・グラスパーとの世紀の夢の競演も見ることができ、この上ない秀逸のキャスティングだった。来年はどんな記憶に残るジャズ体験ができるのか、今から楽しみで仕方ない。

Text: Kaya Takatsuna