カンヌやハリウッドが注目する新進気鋭の日本人映画監督・平栁敦子。日米豪華キャスト競演の長編初監督作品「オー・ルーシー!」が4月28日よりロードショー【インタビュー】

2018/04/20

今、国内外で注目される日本人女性映画監督がいる。彼女の名前は平栁敦子。長野県生まれ千葉県育ち、17歳の時に渡米し、アメリカ最高峰の映画学科であるニューヨーク大学大学院映画学科を卒業した逸材だ。平栁監督が大学院時代に作った短編映画「Oh Lucy!」(桃井かおり主演)は、カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン(学生映画部門)で第2位になり、各映画祭でグランプリなど含む35もの賞を受賞した。その「Oh Lucy!」の長編バージョンである「オー・ルーシー!」は、2016年に脚本の段階でサンダンス・インスティテュート/NHK賞を受賞、同賞のサポートを受けて制作され、2017年カンヌ国際映画祭批評家週間部門に正式出品されるなど海外からも高い評価を得ている。その話題作「オー・ルーシー!」が、4月28日にいよいよ日本で公開される。

「オー・ルーシー!」は、“43歳、独り身”で”楽しみもなく憂鬱な毎日を送る主人公の川島節子が、英会話講師にハグをされたことで眠っていた感情が呼び起こされ、やがて恋をして、カリフォルニアへ旅に出ることになるというストーリー。主演に寺島しのぶ、共演に南果歩、忽那汐里、役所広司という日本を代表する実力派俳優陣と、『パール・ハーバー』などの代表作で知られるハリウッド俳優のジョシュ・ハートネットを迎えた日米豪華キャストの競演も大きな見どころのひとつだ。

俳優から映画監督になった経歴を持ち、プライベートでは二児の母、さらに極真空手黒帯初段保持者でもあるユニークで様々な魅力を持った平栁監督。公開に先駆け、HIGHFLYERSはアメリカから一時帰国し、日本滞在中の監督に今作についての制作秘話など貴重な話を伺った。

 

—今回の作品は、長編初監督作品ながらかなり豪華なキャスティングですけど、どのように選ばれたのですか?

寺島しのぶさんがまず決まり、その後に役所さんが出てくださることになりました。節子の役はすごく演技の幅が必要で、コメディーもドラマも両方でき、自分をさらけ出さなくてはいけない。8年くらい前に日本映画が好きなアメリカ人の友達に勧められて「ヴァイブレータ」を観て、それに出演していた寺島さんのことを「こういう女優さんも日本にいるんだ」と憶えていたのですが、いただいた候補のリストの中に彼女の名前を見た時に直感で寺島さんしかいないと思いました。脚本と短編を送ったあとにお会いした時も、それほど話したわけではないんですけど、その場でやっていただくことに決まりました。

—役所広司さんは?

とにかく「脚本を読んで頂けませんか」とお願いしました。もちろんスタッフも誰も「Yes」と言われるとは思っていなかったらしいのですが、私はたとえ断られても「ただNoと言われるだけ、失うものは何もない」と思っていました。 短編も送ったのですが、役作りの邪魔にならないようにとご覧にならなかったらしいですね。

—自分の作品のキャスティングが理想通り決まる瞬間ってどういう感じですか?

「やったぁ〜」って、もちろんなりますよね。でもだめだったとしても「ああ、そうか」って。俳優時代の経験で「NO」と言われることに慣れているので、切り替えは結構早く、じゃあ次を探そうってなりますね。

—監督をしている制作中でも切り替えは早いですか?

早いかもしれないですね。撮影の時はその場ですぐにYesかNo かの決断をしないといけないですが、私はあまり戸惑いなく決断するタイプです(笑)。それが好きですね。だから私は現場が一番好きなんです。常に「今」しかないので、チョイスがなくなるじゃないですか。

撮影の様子。平栁敦子監督(中)、寺島しのぶ(左)と忽那汐里(右)

—決断をしていくのが得意そうに思います。

そうですか。だから反対にプリプロ(Pre-Production:撮影前の準備段階)は大嫌いなんです。未知への不安と、オプションや可能性がいくつもあって、いくらやっても仕事は無くならないし。プリプロがどれだけ完璧にできているかで現場がスムーズにいくかが決まっていきますが、キャスティングも含めて、自分のできる範囲でずっと突き詰めていかないといけないっていう辛さがありますよね。

—確かに終わりがないですよね。ところで、「オー・ルーシー!」のモデルになった人は実存するのでしょうか?

インスピレーションになる人がいました。大学院生の時、課題で75個のアイデアを出してそれぞれを3行で書くというのがあって、1日5個書かないといけないんですけど、月曜日はミュージカル、火曜はコメディー、水曜はフレンドシップの映画、他にも怪獣映画やヒーローものとか、そういうのを毎日あまり考えずにぱっぱと書かないといけなかったんです。ある日の課題が「自分の身近にいる人物のことを主人公にして書く」だったので、5人の人物のアイディアを書きました。その中の1人が節子でした。

—節子のモデルになった人はお友達ですか?

それは言いません(笑)。

—なぜ彼女を主人公にした映画を作ろうと思ったのですか?

映画学科の入試面接の時に、自分の一番苦手な人のことを話してくださいって言われたんです。それで話すと、「じゃあその人を主人公にした話ってどんなストーリーですか?」って聞かれて、その時にはっとしたんです、「それこそ、まさに映画じゃないか」って。どうしてその人が苦手なのか、なぜそういう人なのかっていうのを掘り下げていくと、その人の気持ちになれるし、共感できる面を見つけられる。人間として優しくなれますよね。人を理解することによって自分ももっと優しくなれるって、映画の持つ力の一つじゃないですかね。

平栁敦子

—例えば、最初苦手なイメージがあった登場人物がいたとして、自分が映画でその人を掘り下げていくと、その人のことをだんだん好きになりますか?

その人が自分になっていくような気がしますよね。要するに、なんでそうなってしまったのかが理解できるんですよね。ある意味許せるというか、仕方ないというか、寛容になれるというか。

—なるほど。映画を拝見して、登場人物に感情的に入り込まない代わりに、全く理解できない変な人としても捉えてないのが印象的でした。

アメリカでの評価は、センチメンタルじゃないってよく言われます。

—この主人公は日本人ですが、アメリカ人でもこういうタイプの人はいますか?

いますね。万国共通だと思います。私、どの国に行っても似た人を見つけられるんです。自分の特技かもしれません。なんとなくエネルギーとか、目から発する何かから感じるんです。アメリカやフランスで映画鑑賞後のQ&Aで、「なんでこの人はこういう汚部屋に住んでるんですか?」って聞かることが多々あるんですけど、私の勝手な直感ですけど、そういう質問をする人に限って多分汚部屋に住んでるんじゃないかって。これは言ったら誰も質問しなくなってしまうのでまずいけど(笑)。質問してくることって、私に答えを求めているんじゃないかと思うんです。

—短編の時は主人公の年齢が55歳で、長編では43歳の設定でしたけど、なぜ年齢を変えたのですか?

年齢をちょっと下げたかったのは、その方が現実的だと思ったからです。

—監督自身と年齢が近くなったことで新しく生まれたものはありましたか?

年齢を変えたことが理由ではないのですが、自分の本当のことを言えないもどかしさみたいな、シンプルな感情ですよね。自分の経験とか、もちろん演じられた寺島さんの経験も入ってくるし、ジョシュのキャラクターにしてもやっぱり俳優さんたちとのコラボレーションによって、私が想像していなかったような感情が自分の中に生まれました。

—俳優達の感情などから生まれる化学反応のようなものの他に、撮影中に予期していなかったことが起きて、それがかえって作品に良く影響したものはありましたか?

そう言われてみれば、天候ですね。映画の中で、ポストカードに“天気のいいロサンゼルスより”って節子が書くじゃないですか。もともとは「いい天気〜、カリフォルニア〜」とか言うシーンがあったんですけど、実際撮影中はいつもどんより雲だったんです。なので、その天気をすぐに生かすことにしたら、「ああ、そういうことなんだ」って気付きました。というのは、“アメリカとか、カリフォルニアに行けば何かが変わる”っていうロマンチックな理想ってどこかにあるじゃないですか。でもやっぱり結局どこに行っても自分の抱える問題は解決しない。それを天気で表現できると気付いて、東京のようにどんよりしたカリフォルニアになったのですが、私はそれを偶然だとは思っていないんです。外から見たものと実際に中にあるものは全然違うということを伝えたかった作品なのですが、その天候でそういうことだと気づかされました。

—今はサンフランシスコにお住まいで、お子さんも2人いらっしゃるそうですが、その環境でこの大作を作ったのは素晴らしいです。どうやりくりされたんですか?

それはもう周りのサポートですよね。夫が理解できる人なので、お互いに助け合うというか、私たちはパートナーとして同じグラウンドにいるっていうのを原点としているんです。例えば私が大学院に行ったことに関しても、彼も私が行く前にビジネススクールに通っていたことがあったから「今度は君の番だね」ってなったし、一方が忙しくなるときは、もう一方が長く子供といられるようなスケジュールにして、要はお互いのチームワークですね。ちなみに娘はアメリカ生まれ、息子はシンガポール、夫はエジプト、私は日本で、私の家族は誰も同じ国で生まれてないんですよ。

—とても国際的でいいですね。旦那様はかなり協力的ですね。

あとは、お互いの両親のサポートですね。子供が赤ちゃんの時から助けにきてくれてますし、本当に周りのサポートがないとできないです。ヒラリー・クリントンが子供を育てるには「IT TAKES A VILLAGE(村じゅうの人手が必要)」って言いましたけど、そう思います。

—最後に、この映画を観る人たちに一言お願いします。

最近みんなに“お断り“みたいに警告してることがあるんですけど、これはストレートなコメディーじゃないってことをお伝えしておきたいです。たくさんポップコーンを買って観にこないでください。途中でそのポップコーンを食べる手が止まるので(笑)。

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka

 

「オー・ルーシー!」4月28日よりロードショー

監督・脚本:平栁敦子
出演:寺島しのぶ 南果歩 忽那汐里 ・ 役所広司 ・ ジョシュ・ハートネット プロデューサー:ハン・ウェスト 木藤幸江 ジェシカ・エルバウム 平栁敦子 エグゼクティブ・プロデューサー:ウィル・フェレル、アダム・マッケイ

共同脚本:ボリス・フルーミン
音楽:エリク・フリードランダー 2016年サンダンス・インスティテュート/NHK脚本賞受賞作品 (2017年/日本・アメリカ合作/5.1ch/ビスタ/カラー/原題:OH LUCY!/95分/R15+) 配給:ファントム・フィルム (c) Oh Lucy,LLC

公式サイト:oh-lucy.com