能x現代音楽アーティスト・青木涼子が「Just Composed 2017 in Yokohama」に出演【レポート】

2017/03/28

能と現代音楽を結びつけ、新しい音楽の可能性を生み出している「能x現代音楽アーティスト」の青木涼子が、国内外で活躍する若手のクラシック奏者4名と「Just Composed 2017 in Yokohama〜現代作曲家シリーズ〜」に出演した。

「Just Composed in Yokohama」は、1999年に始まって以来、新進気鋭の作曲家による新作発表と過去の作品の再演を趣旨に毎年行われているコンサートである。テーマは毎年変わり、そのテーマと内容は3名の選定委員(横浜みなとみらいホール艦長の池辺晋一郎、音楽学者の白石美雪と毎回異なる一名)によって決められる。18回目を迎えた今回は、池辺らのほか、青木涼子が委員を務め、能の謡と弦楽四重奏がテーマとなっていた。

弦楽四重奏者に選ばれたメンバーは第一ヴァイオリンに成田達輝、第二ヴァイオリンに百留敬雄、ヴィオラに安達真里、チェロに上村文乃という、いずれも世界で活躍が注目されている若手の4名。青木はこの会のコーディネートを任されるにあたって、みなとみらいホールの客層も考慮して、日本の若い優秀なクラシックの音楽家と共演し、古典と現代を盛り込んだプログラムにしたいと提案したそうだ。そこで、ロン=ティボー国際コンクール、エリーザベト国際コンクールに入賞し、脚光を浴びるヴァイオリニストの成田を中心とした弦楽四重奏との共演が実現した。

公演は二部に分かれており、第一部ではまず青木と成田ら4名が登場し、イタリアの現代音楽作曲家、ステファノ・ジェルヴァゾーニによる「夜の響き、山の中より」が四重奏と共に披露された。この曲は青木の薦めにより、12世紀の歌人・西行法師の歌を基にジェルヴァゾーニが作曲した弦楽四重奏のための作品。2008年にジェルヴァゾーニが来日した際に、青木がパフォーマンスを見せ、彼に曲を依頼して8年越しにようやく完成した曲だそう。

©藤本史昭

ジェルヴァゾーニは西行に習い、この作品で黙想と鋭い知覚の間に緊張感を熟成し、極小の音の事象、それと関連するわずかなジェスチャーから思いがけない洞察を創造することを試みたそうだ。四重奏の演奏をバックに、青木が謡いながら演奏するのはエッグシェイカー。作品の終盤で彼女はこのエッグシェーカーを落とすのだが、それは西行が俗世間での生活を離れることを表している。

続いて演奏されたのは、成田ら4名によるベートーヴェンの「大フーガ 変口長調 Op.133」の四重奏。1825年から26年にかけて作られた曲である。若さと力強さ溢れる素晴らしい演奏を聴かせてくれた。

©藤本史昭

第二部で披露されたのは、斉木由美の「Deux sillages II 〜独奏ヴァイオリンと弦楽三重奏のための」、そして馬場法子の「ハゴロモ・スイート」。いずれも新作で、今回演奏されるのがは世界初となった。演奏の前に選定委員の一人である池辺と、作曲家の斉木と馬場が登壇し、池辺のジョークを交えながら、それぞれの曲に対する想いなどを語った。

左→右:斉木由美、馬場法子、池辺晋一郎 ©藤本史昭

斉木由美の「Deux sillages II」は、斉木が99年にJust Composedに委嘱された曲「Deux sillages」を基に弦楽四重奏用に新たに作曲した曲。タイトルはフランス語で「二つの航跡」という意味を持ち、東洋的な音楽と西洋的な音楽が同時に存在し進行するように作られている。編成を独奏ヴァイオリンと弦楽三重奏に分け、前者が東洋思想に見られる神秘性や情緒性を即興的な歌で表象し、後者が西洋思想に基づく論理の絶対性において音楽的な展開を行わせていると言う。独奏ヴァイオリンによる独特な節回しを持つ歌と、三重奏による波の音を素材にして有機的かつ合理的に構築された音の間に相関性はないが、次第に調和し、響きの海の中に同化されていく…そんな斉木の曲に込めた想いを想像しながら、波や海をイメージしてこの曲を聴いた。

©藤本史昭

最後に、青木から絶大な信用を得ている作曲家の一人である馬場が今回委嘱された「ハゴロモ・スイート」が四重奏と共に披露された。この作品は人気の能楽作品の一つである「羽衣」から4つの光景を切り取り、漁師が集う浜の喧騒、松風、天女の衣摺れなど様々な現象を音に乗せ、再構築された僅か10分のミニオペラ。馬場はこの曲で「平和で幸せなものを書きたかった」と言う。演目の頭の方で演奏者たちが静粛の中、順に弓を振りかざすシーンがあるのだが、その音から浜で漁師たちが釣り竿を投げる姿を想像できた。続いて、天女を演じる青木が舞台奥から漁師たちに「なうなう」(読み方は「のうのう」)と呼びかけながら出てくる。これは古語の呼びかけで現代語で言うと「もしもし」のようなもの。言葉を聞き取れたとしても、その意味がわからなければ、物語は見えにくい。ちなみに、青木が馬場と作曲家の小出稚子と共に作成した謡の手引きをまとめたサイトにて、譜例付きでこの曲が解析されているので興味のある人は是非見てほしい。

左上:漁師たちが出てくる場面を想定した音を演奏たちが奏でる。第1、2ヴァイオリンとヴィオラが漁師で、チェロがカモメという設定。右下:天女を演じる青木が舞台奥から登場し、漁師の設定である演奏家たちに向かって「なうなう」と呼びかける。©藤本史昭

この舞台を通して、青木は「演奏家の全員が現代音楽をレパートリーにしているわけでないので、心配してなかったわけではないのですが、彼らの豊かな音楽性でもって、難解な現代音楽も一日一日と音楽として完成されていくのを目の当たりにし感動しました。若いみなさんの音楽に対する純粋な情熱に圧倒された5日間でした」と想いを語る。実は、前日のリハーサルで興奮し、早く舞台に立ちたいという思いが強すぎたのか、本番の前日は一睡もできずに当日の朝を迎えたそう。だが、本番はうまくいき、自身にとって学びの多い得難い体験となったと語った。

私自身がこの舞台を観て感じたことは、普段から”あるものを見る”のに慣れてしまっているため、見えないものを見る想像力が乏しくなっていることだった。青木の作品は、まずは上演する演目の背景を学んで、何度も観ないと理解するのはとても難しい。だが、繰り返し観て作者の意図を感じてイメージ化できるようになれば、とても面白いものだと思う。現代音楽の作品はクラシック音楽のように再演される機会は少ないが、またその機会があるときはもう少し深く感じれるようになっていたい。

*青木涼子のインタビュー記事が4月11日にON COME UPで公開される。世界で活躍する彼女に、能との出会いから藝大時代に培ったこと、能x現代音楽アーティストとしての試みや今後の展望などについて語ってもらっているので、楽しみにしていてほしい。

Text: Atsuko Tanaka