REJUVENATE
#1 | Feb 23, 2022

今年創立101年目を迎えた今も、多くの人々に愛され続ける自由学園明日館。ジャズシンガー・Emaがその魅力を語る

Text & Photo: Atsuko Tanaka

今回より新しく始まったコーナー「Rejuvenate(リジュビネイト)」では、HIGHFLYERSにゆかりのある人物に登場いただき、彼・彼女の心のオアシスとして好んでいる場所を紹介していただく。記念すべき初回に迎えるのは、ジャズシンガーのEmaさん。小さい頃はミュージカル「ライオンキング」ヤングナラ役や「ピーターパン」タイガーリリー役などを務め活躍し、二十歳を過ぎた頃からジャズを歌うようになる。 2016年にSONY Ariola Japanからメジャーデビューを果たし、現在はフリーのアーティストとしてライブやフェスなどに活躍の場を置きながら、多くの人々に美しい歌声を届けている。そんなEmaさんに今回紹介いただいたのは、今年創立101年目を迎えた自由学園明日館。
PROFILE

ジャズシンガーEma

9月8日生まれ。乙女座 B型。幼少期からミュージカルやドラマなどに出演。これまでに、劇団四季「ライオンキング」ヤングナラ役 劇団四季「南十字星」アミナ役、ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」タイガーリリー役、山口百恵トリビュートミュージカル「プレイバックPart2」二階堂香織役、他多数の作品に参加。様々なジャンルの音楽と出会うと共に表現する事の喜びや大切さを知る。2011年以降、表現者としての可能性を模索するために演劇から歌の世界に表現の場を移し活動しているシンガー。一曲のデモテープがきっかけで、小倉智昭氏のプロデュースのもと、アルバム「Respirar(レスピラール)」で2016年にソニー・ミュージックレーベルズアリオラ ジャパンからCDデビューし、同年のBlue Note Jazz Festivalに出演。2019年にはMotion Blue yokohama、2021年にはCotton Club tokyoにてワンマンライブを開催し成功を収めている。

 

池袋の喧騒から離れた、静かな住宅街の一角に自由学園明日館はある。ここはかつて、ジャーナリストで教育者の羽仁もと子、吉一夫妻が創立した自由学園の校舎として使われていた。設計を担当したのは、アメリカの巨匠建築家、フランク・ロイド・ライト。帝国ホテル設計のため来日していたライトを、当時助手を勤めていた遠藤新が羽仁夫妻に引きあわせた。

羽仁夫妻の教育理念に深く共感したライトは設計を快諾。「簡素な外形のなかにすぐれた思いを充たしめたい」という夫妻の希いをもとに自由学園を設計する。大正11年(1922年) に中央棟、西教室棟が竣工、大正14年(1925年) には東教室棟が、昭和2年(1927年) に講堂が完成。同じ年に初等部も設立された。

知識の詰込みではない、新しい教育の実現をモットーに作られた自由学園は、生徒に自ら昼食を調理させるなど、生活と結びついた教育を推奨。昭和9年(1934年)、生徒の増加により、広い土地を求めて東京都東久留米市に移転した。その際に、自由学園と日本の教育の明日を託して「明日館」と命名される。その後は卒業生の諸活動の拠点として利用され、戦後は自由学園生活学校の校舎として使われたこともあった。

 

上段左:羽仁夫妻 / 上段右:創立当初の自由学園(1922年頃) / 下段左:授業の様子 / 下段右:食堂で食事をする女学生達 提供:自由学園明日館

平成9年(1997年)に国の重要文化財に指定されたのちは、保存修理事業が行われ、現在は「建物は使ってこそ維持保存ができる」という考えのもと、使いながら文化財価値を保存する「動態保存」のモデルとして運営されている。見学は自由で、セミナーやコンサート、結婚式などで使われることもある。

創立から100年が過ぎた今でも、多くの人に親しまれている自由学園明日館。ここが好きでたびたび訪れると言うEmaさんに、この場所の魅力を聞いた。

明日館は、自分のリズムが一旦整えられるような、ニュートラルな気持ちに戻れるような場所。光や音を感じながら、ボーッと過ごすのが好き

―自由学園明日館のことは、いつ頃どうやって知りましたか?また、どんな印象を受けましたか?

5年くらい前に、友人に誘われてここで行われたイベントを観に来たのがきっかけでした。野村萬斎さんプロデュースの、日本の能やアジアの伝統文化と、現代のデジタルアートを融合したイベントでした。夜にお庭で行われたので、建物の中には入れなかったんですけど、小さいながらも壮大さを出している感じがかわいいなと思って、すごく気になったんです。家も近いので、今度は昼間に行ってみようと思って、そこから通うようになりました。

 

―2度目に昼間に来た時は、どうでした?

光の入り方がとても綺麗で、内装もすごく素敵で、思っていた以上に私好みでした。時間の流れ方が昔のままというか、独特な感じでリラックスするし、自分のリズムが一旦整えられるような、ニュートラルな気持ちに戻れるような場所だと思いました。

 

―毎回来た時はどんなことをして過ごしますか?

とにかくボーッとしていることが多いですね。まず、お庭で季節の雰囲気を目で追ってから、ゆっくりと中に入っていって、ホールにある椅子に座ってみたりして、その後、食堂に行ってお茶とお菓子を頂きながら、外の陽の光を眺めたり、音を聴いてみたりします。この空間の時間の流れ方がすごく心地良いんです。そのうちふと考え事が浮かんできて、今の自分に必要な物事を考えたりすることもあります。

 

※現在は感染症対策のため、紙コップにて提供

ーどんな時に来ることが多いですか?

ふと思い出して来ることが多いかもしれないです。ポッと休みができた時、なんとなく潤いが足りないと感じる時、どこかに行きたいけど大きなレジャー施設に行きたいわけでもないとか、家でゆっくりしたいけど家にずっといるのも嫌だなという時などに、自転車を走らせて来ます。

 

―自由学園の歴史についてはもともと知っていましたか?

行く前は知らなかったです。2階の食堂からちょっと上がった所に、明日館の歴史がパネルで展示されていて、それを見て初めて知りました。あの時代に、女性が先頭に立ってやっていくのはすごいことだったんじゃないかなと思いました。

 

―そういう歴史を知ると見え方もまた違ってきますよね。

そうですね。ここで女学生達がご飯を食べていたんだなぁとか、どんな勉強をしてたんだろうとか、そういうことを妄想します。

 

明日館の食堂。かつてはここで女学生が自分たちで準備した昼食をとっていた。現在は喫茶コーナーになっている

―自由学園の校名は、新約聖書の一節「真理はあなたたちを自由にする」に由来していて、自由学園では、“どのような時代にあっても変わることのない「真理」を求め、よく生きる人”のことを「真の自由人」と呼んでいるそうです。Emaさんにとって、自由ってどういうことだと思いますか?

こういうしがらみだらけの世の中になって、自由について考えることが多くなったんですけど、自分自身のことを愛してあげることが自由の根っこというか大事なことなんじゃないかなと思います。「何でもできる、何でもやれる」というような自由とは違う気がして、自分のことを本当に大切にしてあげることが本当の自由に繋がるんじゃないかなって。そうすると、人のために動くことがどれだけ大切なことかもわかるので、まずはそれに尽きるかなと最近は考えています。

 

―Emaさんご自身はそういうことはできてますか?

今のところは結構できているような気がします。20代後半ぐらいからようやく自分のことを大切にできるようになって、そこからすごい楽になったし自由を感じるようになりました。

 

―そうなるとやっぱり歌も変わってくる?

すごく変わりますね。心と声ってすごく大事な関係性があるので、心がくすんでいたり疲れていたりすると全然声が届かないというか、そういう経験はジャズを歌い始めた二十歳過ぎの頃にあって。そこから内面を磨こうと思う時間が増えていきました。まずは自分を大切にしてあげないといい歌なんて歌えないし、人を感動させたり、気持ちを軽くさせてあげることもできないですよね。

 

―自分を大切にするために具体的にしていることは何かありますか?

まずは自分が嫌だと思うことはやらないことですかね。自分のためになることって、やってみないとわからないじゃないですか。私は少し体育会系なところがあるので、以前はとにかくなんでもやっていたんですけど、そうしたらちょっと心がすれてきてしまって。仕事においてもプライベートにおいても、自分で自分を不自由にしているタイプだったんですね。難しいですけど、まずは自分のやりたくないことを認識することが大事だと思いました。

 

―他には何かありますか?

例えば誰かに何か不条理なことを言われたり、自分に嫌なことが起こった時も、ただ嫌だって思うだけじゃなくて、自分なりに相手や物事を分析して、勝手に良い方に解釈をするようにしています。何かのバランスが崩れて自分に降りかかってきただけだと思うと少し楽になりますし、そういう風にすることで自分を大切にする癖が付いていくんじゃないかなと。あと、考え事で頭がいっぱいになった時は、一旦空っぽにして自分のペースを見つめ直すようにします。明日館さんや、庭園とか、自分の好きな場所に行ってリセットして、頭を空っぽにするんです。また、気分が落ち込んだ時は、自分をおだてることを結構しますね。私は美味しいものを食べたり飲んだりすると一気に機嫌が良くなって、やる気がちょっとずつ戻ってくるので、そういう自分のおだて方を知っておくようにしてます。

 

―なるほど、いいですね!では最近の主な活動について教えてください。

昔はお芝居やダンス、ミュージカルをやっていたんですが、今の自分にしっくりくるのは歌で、特にジャズのスタンダードのカヴァーを歌うことが多いです。誰かが作って歌った曲を自分なりに咀嚼して飲み込んで、自分の一部みたいにして歌っています。歌を通して誰かの心をほぐしてあげられるようなシンガーを続けることが今の自分かなと思ってます。

―Emaさんの素晴らしい歌声には本当に多くの人が癒されていると思いますが、その歌声をキープするために日々努力していることはありますか?

努力することって多分いっぱいあるはずで、私がやってるのは努力と言えるのかわからないですけど、日々のちょっとした出来事を拾い上げて、それに対して自分がどう感じるかを考えたりします。例えば、何か嬉しいことが起こってそれを誰かに伝えたい時、自分はどう表現したいと思ったのか、それを伝えた時に相手はどういう表情を見せたかとか、そういう本当に日々の小さな幸せや出来事を一つひとつしっかり自分の体に入れていく作業ですね。もちろん筋トレとかもやった方がいいんですけど、私の場合はどちらかと言うと、そういうことよりも表現方法とか、どういうことに自分が感動するのかとかに目を向けるようにしています。

 

―じゃあ喉は結構強い方なんですね。

いえ、喉は弱い方だと思います。ミュージカルをやっていた時も、よく喉を壊してました。声が低くてハスキーで、子供の時はそれがコンプレックスだったし、だからこそ精神力の方が大事というか、あんまり練習しすぎるのは、私の性格上は良くないかなと思っていて。もちろん練習は絶対的にした方がいいんですけど、私はやり出したら平気で12時間とか練習してしまうんですよ。なので、そういう日々の出来事を取り上げて、この感覚を声に載せるにはどうしたらいいんだろうって思った時とかに初めて練習をするような感じです。

 

―やりだしたら止まらないとういことは、熱中しやすいタイプ?

本当に、何も知らない子供みたいにしつこくやっちゃうんですよ。そうしないようにするために、常に自分と、もう一人指導係みたいなのがいるような感覚でやってます。

 

―ご自身を客観的に見れているんですね。

そうかもしれないですね。なので自分のことを嫌いになる時も多いですけど、その分好きになってあげられる時も多いのかなと思います。不思議ですけど、歌ってる時とかも、その指導係が「ちゃんとやれよ」みたいな感じで自分の後ろで構えているような感覚になることが多いです。

 

―アーティストとして、普段はどんなことからインスパイアを得ることが多いですか?

色々ありますけど、一番多いのは風と景色です。風はいろんなものを運んでくるじゃないですか。冷たい、温かいとか、優しい、強いとか。それが感情とマッチする瞬間は、すごいドラマチックな気分になったりして、そこからいろんなことを考えます。

 

―素敵ですね!最近は風を通して何か感じたことはありました?

寒いのがすごく苦手であまり外出できていないので、物足りなく感じてます。でも、冬から春に変わる時の風とか、逆に秋から冬に突入した時の北風とかは、新しい季節が来ることや、いろんな気づきを与えてくれるし、風は私にとってとても面白い存在です。

 

―では、最近はどんな曲を聴くことが多いですか?

コロナ禍って心がキリキリしたり、モヤモヤすることって多いじゃないですか。だからかわからないですけどボサノヴァをよく聴いています。特に名盤と言われているスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトのアルバム「ゲッツ/ジルベルト」が好きで、聴くと心が落ち着きますね。あとは先月の宇多田ヒカルさんの配信ライブがとても素晴らしかったので、改めて宇多田さんの曲を聴いたり、他はチェット・ベイカーがすごい好きなので彼の曲をおもむろに流したりしています。

 

―音楽は常に聴いている感じですか?

いつもというわけではなく、掃除とか作業とか何かをしなきゃいけない時に、モードに入るために流しますね。

 

―リラックスするために聴くことはない?

音楽を聴いていると、つい何かいいところがあったら自分のエッセンスにしたいとか思って聴いてしまうので、逆にリラックスしにくいんです。だから他の音楽家さん達と比べると、聴いてる時間はすごく少ないかもしれないですね。

 

―では、Emaさんにとってチャンスとは?チャンスと聞いてどんなことを思い浮かべますか?

自分の中でまだ準備が整っていない時に降りかかってくるものだと思います。チャンスって今までもいっぱいあったと思いますけど、こういうことがあるって分かっていたらもっとやったのにっていう瞬間に来る。抜きうちテストみたいなものですね。でもチャンスが来たら、とりあえず飛び込みます。

 

ー今後の目標や夢について教えてください。

目標は高ければ高いほどいいんでしょうけど、今のところはいろんな所で音楽をやりたいなと思っています。去年は、川越の蓮馨寺で毎冬開催されている「KAWAGOE COFFEE FESTIVAL」や、音楽とウェルネスを融合したキャンプフェス「SOUL RETREAT CAMP」、被災地支援プロジェクト「Mash PARK PROJECT」が開催するイベントなどに出させてもらいましたけど、そんな感じで、ライブハウスとかだけでなく、いろんな人とフラットになれる場所で音楽を届けることが当面の目標です。あとはジャズだけにとらわれず、いろんな時代の曲やいろんな国の曲とかを歌える環境を作っていきたいと思います。

 

左:KAWAGOE COFFEE FESTIVAL / 中:SOUL RETREAT CAMP / 右:Mash PARK PROJECTのチャリティーイベント

―具体的にこういうシチュエーションでやりたいというのはありますか?

結構近いことを最近やれているように思いますが、キャンプ場とか、みんながリラックスしつつもエキサイティングでドキドキ感もあるような場所で、大きなステージよりかは、側に寄り添ってくれるような形がいいですね。最初は10人とか20人とか少人数で始めて、キャンプファイヤーを囲みながら歌を聴いてるあの感覚で、どのぐらいの人数までいけるのか、100人、200人、1000人とかいけたらすごいなと思うので挑戦したいですね。

 

―それを実現するために必要な要素はどんなことでしょう?

音響や音楽のスタイル、それに場所や光の感じとか、こだわらなければいけないところは色々あると思います。例えば武道館みたいにあんなに大きくてすごいいっぱい人がいるのに、キャンプファイヤー感でできたらかっこいいですよね。自分は一人じゃないというか、誰かと繋がってる感じをより強く感じられるようなライブができたらいいなと思います。

 

―最後に、Emaさんにとって成功とは?

さっき挙げたような目標が達成できたらそれはもう大成功と言えますけど、私にとっては、まずは自分に関わってくれる人が笑顔でいてくれること、私の歌を聴いたり、私と一緒にお酒を飲んだりご飯を食べて、その人が楽しくいてくれることが成功だと思っています。

 

Ema Information

中川ヨウ プロデュース  Ema ライブ〜聴く人を幸せにする歌〜

今日本Jazz界で大きく注目されている、若手第一線の演奏家が集結したピアノトリオをバックに、聴く方々を幸せな気持ちにするようなハートフルな曲をお届けする

日時:2022年4月29日(金・祝)

開演時間:15:00〜 /18:00〜 入替制

料金: 予約 5,000円 / 当日 5,500円

場所:Jz Brat(東京都渋谷区桜丘町26-1 セルリアンタワー東急ホテル2階)

電話:03-5728-0168

www.jzbrat.com

 

自由学園明日館

住所:東京都豊島区西池袋2-31-3

電話:03-3971-7535

HP:https://jiyu.jp/

通常見学:10:00 ─ 16:00(15:30までの入館)
夜間見学日:毎月第3金曜日 18:00 ─ 21:00(20:30までの入館)
休日見学日:10:00 ─ 17:00(16:30までの入館)※月1日程度 当館の指定日のみ。詳細はHPをご覧ください。
休館日:毎週月曜(月曜が祝日または振替休日の場合はその翌日)、年末年始、不定休有、要事前確認